2012年12月29日土曜日

ご褒美

出産を頑張ったご褒美に、自分に豪華ノートカバーを買い与えました。(添付写真)
このカバー、中2っぽいでしょ。
A5サイズです。

ノートに手書きでもいいから何か書きたいなって思って買ったんですが、今はまだ新生児の相手が大変で、ノートに手書きする暇すらもないです。

育児日記つけちゃうぞルンルンとかいって、ほぼ日手帳オリジナルを一冊用意していたんですが、実際にはほとんど書く余裕がないっす。世の中のママンたちは、一体どうやってカラフル写真入り育児日記なんか書いてるんだい( ;´Д`)?
私は病院からもらった授乳&お世話記録に○とか×とか書くので精一杯ですわ。

そんな今の私にも唯一、ものを書く手段がありまして、授乳後に赤ん坊が寝落ちした時に、抱っこしたまま片手でiPhone入力する方法です。今まさに、この記事をそうやって書いてます。
育児日記も結局、iPhoneでEvernoteに書いてます。親バカ写真もタップするだけで添付できるんで便利です。シール用紙に印刷してノートに貼るとか無理だったね。
じゃ、ほぼ日手帳いらなかったね……。
ノートカバーも要らないかもしれないね。Evernoteでいいよね。うん。

でも欲しかったので買いましたorz
いつかこのノートカバーつけたノートにバリバリ書くんだ!(死亡フラグっぽいけど違うんだから!)

出産前に、上の子の時の育児記録を読み返していたんですが、「いつかやりたいこと」として、「着物の着付けを習う」って書いてありました。それを書いたことは完全に忘れていたのに、書いた三年後には実際に着物暮らししてたんだから、自分が案外、執念深い人なんだなって、驚きました。何でもすぐ忘れるほうなのでね。
それとも、「紙に書き出したことは達成率があがる」というアレなんでしょうか。
ほんまかいな? 不思議ですねえ。

その着物ですが、出産後に着ているかというと、着ていません。授乳しているからというのが表向きの理由ですが、着物でも授乳はできるはずなので、それが理由ではありません。
実は、同居しております実母に、「赤ちゃんいるのに着物なんか着てたら変態よ」みたいなことを言われまして、その向かい風に逆らうパワーが今はまだ無いっつーのが、真の理由です……。
うん。まあ、なんだかんだで、着物っつーのは、今やほとんどの人にとって、普通ではない服ですね、現実的には。残念ながら。
でも、たぶんそのうちまた着ます。だって着たいんだもん。

執筆のほうは、先述のように、書く余裕がねえ!! っていう不眠不休の修羅場にいるため、今しばらくは無理そうですが、育児というのは、経験上、日一日と余裕が増すものです。
上の子は、今思うと、ものすごく良く寝る子で、昼間に二時間半きっちり昼寝して、夜も夜泣きせず朝までグッスリ寝てました。だから私も育児中にもかかわらず執筆時間が作れたわけで、子供のおかげです。
次女がどういう感じかは分かりませんが、生後一ヶ月ですでに昼夜の生活リズムがついていて、夜は一回しか起きません。夜じゅう泣きじゃくる赤ちゃんに苦労しているお母さんも世の中には大勢おられるわけで、それを思うと、あり難いようなイージーモードの育児です。昼間もだいたい決まった時間に寝るので、家事もできるしね。

たぶんまた何か書き始めるんだろうなって思います。

出産後に入院していた時に、同時期に出産して入院しているお母さんたちが大勢いました。いろんな人がいます。若い人、私より年上の人、初産の人、五人目の出産だっていう人、帝王切開した人、難産だった人、安産だった人、早産して赤ちゃんが集中治療室にいる人、母乳が出る人、出ない人、いろいろです。
いずれにしろ、分娩で心身共にヘットヘトになったところに、休む間もなく不眠不休の新生児の育児が始まるので、軽い極限状態になり、誰も彼もすごく人間味が出ます。
赤ちゃんが泣きやまないといって、夜中に廊下で泣いてる初産のママさんがいたり。新生児集中治療室のドアの前にずっと立ってる人がいたり。
私はその人と朝ごはんの時に隣の席になり、「赤ちゃん抱っこさせてもらってもいいですか」って笑顔で頼まれたので、どうぞって言いました。
でも何か緊張しました。
その人は私の娘を抱っこして、しみじみと、「赤ちゃんて、可愛いんだなあ」って、独り言のように言いました。
初産が早産だったので、自分のお子さんをまだ抱っこしたことがないお母さんだったんです。
幸い、さほど難しい状況ではなく、赤ちゃんも生後一ヶ月ごろには退院できるという話でした。しかし初産の母親にとっては長い一ヶ月です。
その人が、夜中にぼーっと集中治療室の前に立っているのが心配というか、印象深くて、心に残りました。
頑張ってって思うけど、そう簡単に頑張れって言えない相手もいるよね。

うちの娘の生後一ヶ月の検診に行った時、私はたまたま、その人に再会しました。
向こうから、椎堂さんこんにちは! って声をかけてくれたんですが、一瞬誰かわかんないくらい別人みたいでした。
お子さんが無事に退院されるということで、赤ちゃんを抱っこしてました。夜中にぼーっと立ってた時には影が薄くて亡霊みたいな人でしたが、一ヶ月検診の時には、はじけるように快活な女性でした。
なんか人間て凄いんだなって思いました。
変われるね。
状況が人間を作るのだと思います。

夜中に廊下で泣いてたほうの人にも、病院でまた会ったんですよ。その人はね、相変わらず泣き言ばっか言ってました。
そういうキャラなんだね!
でも、育児に関しては、誰かに泣き言言える人の方が、返って心配いらないんだと思います。泣くほど辛ければ、泣けばいいし。それで状況が何か変わる訳じゃないけど、泣くの我慢するパワーが無駄だから。泣きながらだってオムツ替えられるよね。

私はもうほんと腰が痛いです。(泣き言)
あと、うちの赤ちゃんは、目元の筋肉がまだゆるいせいか、寝入り端に白眼をむくことがあってですね、その顔が猛烈に面白いんです。それで思わずブーッって吹いてもうて、自分で起こしちゃって損したなっていう時があるのが辛いです。
つまり、まあ、お陰様で順調にやれてます。体調の方も、ぼちぼちですが回復してます。(体型の方は回復がピンチ)

退院してきて家で授乳しているときに、急に、カルテットのアルミナの話がやっと書けそうだなって思って、嬉しくなったんですが、一種の産後ハイでしょうか。
たぶん、出産する女の人ばかりのところに一週間も閉じ込められていたせいで、物語と相通ずる状況があったんだと思います。
産婦人科病棟は、至れり尽くせりで、良いところだったんですが、なぜか外に出たくてたまらんかったです。毎日、窓から外を眺めていました。
そこから一生出られない人たちの気分て、どんなもんでしょうね。

架空の物語の世界が、その時はちょっと現実味を持って、ごく身近に肉薄してきたような心地がしました。
そういう意味でも、いい経験したなと思います。

小説って、自分の人生のことを、そのまんまストレートにじゃなく、変化球で描くものかな。改めて、そういう気がしました。

あと、Bloggerアプリのバグは直ってました。よかった。

これで今年最後の記事かもしれません。皆さん、良いお年を。

0 件のコメント:

コメントを投稿