2014年5月31日土曜日

仮面舞踏会について調べる

昨日は時間と体力がなくて、記事を書けませんでした。
こんな日記でも、毎日書くっていうのは大変ですね。

少し時間ができたので、仮面舞踏会について、軽く検索。


ハチャトリアン作曲の戯曲、『仮面舞踏会』の曲です。せっかくなのでイメージワークのBGMに。

検索したら、少年隊の曲も出てきた。懐かしい。そういえばそんなのあったなあ。私がまだ少女だったころ、少年隊のファンだった友達が、よく歌ってました。

さて、仮面舞踏会は、仮面をつけて参加する舞踏会です。仮面だけでなく、コスプレもします。その主な目的は、正体や身分を隠すためです。名目上、誰だかわからないという体裁をとることで、一種の無礼講っぽいムードにするためと思います。

身分がわからない舞踏会の何がいいかって、昔のヨーロッパの宮廷では、風紀が乱れるということで問題になったそうなので、やはり恋愛方面ですよね。

「カルテット」の学院編第三幕には、もともと舞踏会が開催されるイベントがあるんですが、学院には男子生徒しかいません。
山エルフ族の宮廷では、ヨーロッパ的に、男女ペアで踊る風習です。だから組んで踊る女性が必要なのですが、本来そういう人はいません。ですので学院では舞踏の授業は伝統的に人形と踊ることになっております。「トルレッキオ学院の歴史的な午後」という番外編で、そのへんの話がちらっと出てきますが、本編ではあまり重要ではないです。
踊る相手がいるからです。

本編の内容って、どこまで読んだんだっけ? なんだっけ? っていう読者さんが大半というか99%だと思いますが、本編の最新部での「今現在」では、正妃エルディラが沢山の侍女をともない、学院に滞在中です。
つまり、正妃さまの侍女と踊るわけさ。
正妃の侍女は全員、顔に傷をつけられています。その傷を隠す必要があるかというと、微妙なところですが、そのあたりの演出を、これからぼちぼちと頭のなかで調整していきたいと思います。

本物の女の子と踊れるんだから、学院の学生さんたちは、きっと楽しみでしょうね。
そしてシュレーはトル学でもそうでしたが、ダンスが大嫌いです。
だって、女の子と抱き合って踊るなんて破廉恥だからさ。
そのへんも楽しみですね。猊下はいったい、誰と踊るんだろう。(プロット上はもう決まってるんですけどね)


2014年5月30日金曜日

物語の点と点

今日は眠すぎてヤバイです。
書きながら寝落ちの恐れが。
怪文書みたいな日記になったらどうしようと思いますが、三日坊主もアレなので書きます。

意識のあるうちにお礼を。
こんなグダグダな日記書いてて誰か読んでくれるのかな、でも独り言すぎる状況で書き続けられる自信もないなと思いつつ、Web拍手を見てみたら、押してくださってる方がいました。ありがとうございます。
日付けからして、たぶん、美形萌えの話にですよね。
なんか恥ずかしいなあ。(なんて思っていません。真顔で萌え話くらい朝飯前さ!)

今日は次女の幼児教室に行って、夕方には予防接種に行きました。
待合室には、初めての予防接種を受けるらしい赤ちゃんを連れた、若いご夫婦がいて、お父さんのほうが赤ちゃんを抱っこしていました。お父さんは仕事を休んで付き添っているような話でした。
お父さんは赤ちゃんに、「こんな小さいのに、注射なんて可哀想やなあ。パパが代われるもんなら代わってやりたいわ。可哀想やなあ! がんばれよ、強いとこ見せてくれよ、がんばるんやで!」と、延々と話しかけていました。
その横でお母さんがドン引きしてました。「あんたちょっとキモいで」って言われてました。
子煩悩すぎて引くっていうことはあるかと思いますが。でも、いいお父さんだよね。
予防接種くらいで仕事を休んでまで付き添う必要あるのかって驚きましたが。今時のイクメンて、そういうもんなの?
うちは予防接種や検診に、父親が出てくることはないです。だって別にいらんもんなあ……。

シャーロック3の予約録画に成功し、次女が昼寝中にチビチビ観ました。
チビチビ観たせいか、なんだか意味不明だった。理解できてない。見るテンポも大事だな。私、シーズン2のオチも意味分かってないんです。ダメだな!
シーズン1、2より、ファンサービスっていいますか、キャラ萌えドラマみたいになってて、そういうの必要か? って、ちょっと思ったっす。
なんかシャーロック可愛くなってませんか。
いらんねん(´・_・`)鬼畜でいいのに。
いっぺん死んで、丸くなったんですかね?
けど、こういうののほうが一般受けするのかな。
3-1では、最後の方で、マイクロフト兄さんが観劇中に電話してくるのが好きでした。
誰か私とシャーロックの話をしてよ!!
身近に観ている人が夫しかいません。

脳みそが寝ていて、こんなことしか書けませんでした!
書く意味あったの!?
明日からはもうちょっと起きている時に書きます。
こんな風でも、一応リハビリ効果があるのか、作品のネタをちらほら思いつくようになってきました。

カルテット学院編の第3幕には、舞踏会イベントがあるんですが、それを仮面舞踏会にしようかなって思いつきました。だってなんか、そのほうがアホみたいで面白いでしょ。
昔は、なるべく少女時代に決めた内容を改変せずに書こうって思ってたけど、それだと不足があるような気がするので、あんまりこだわらずに、書きたいものは入れようかなっていう気持ちになってきました。
そういう新しい要素で、筆が進むかもしれないし。
結局やめるかもしれないんだけど、考えてみるだけでもいいよね。

私の創作手法って、物語の中の小ネタを点々とつないで、一連の流れにしていく形式なので、なるべく多くの小ネタがあるほうが、スムーズです。
間をつなぐエピソードが足りないと、筆が止まっちゃうこともある。
逆に、すごく些細な小ネタひとつで、また動き出すこともあるんです。
小ネタ、大事だなあ。

2014年5月28日水曜日

緑色の宇宙人と、美容師さんの話

また変な夢を見ました。
緑色の小さい宇宙人と出会う夢です。
どこか野原みたいなところに、いかにも空飛ぶ円盤ですみたいな銀色のUFOが墜落していて、大人の膝上くらいまでの身長の宇宙人が右往左往して困っているのに、散歩の途中で行き合います。
宇宙人は緑色というか、透明のボディの中に葉緑素のツブツブが入っていて、ミドリムシっぽいというか、ゼリーっぽいというか。大雑把に人型なんだけど、目鼻はなく、のっぺらぼうです。
口もないので話せないらしく、自分たちがいかに困っていて助けて欲しいか、ゼスチャーで伝えてくるんですが、そのゼスチャーもなんだか意味がわかりません。
わかんない割に、「そう! それ、置いといて……」みたいな、ゼスチャーゲームに定番の動きはするので、なんだそりゃと思います。
最後の方で、私はなんとか宇宙人たちの伝えたいことを言い当てるのに成功するのですが、宇宙人が、「そう! それそれ!」って大喜びした瞬間、熊ぐらいあるデカい犬が飛び出してきて、宇宙人を全員バクっと咥えて走り去っていくのでした。
それを見て、ベビーカーに乗っていた次女が、「ワンワン! ワンワン!」て指さして大笑いしているシーンで夢は終わりです。
あの宇宙人、ひょっとしてグミでできてたのかな? なんかそんな質感だったです。

しかし夢の話って、説明するのが大変な割に、話してもしょうがない度MAXですね。説明文の練習にはなるのかもですが。

ところで、先日、美容院に行ったとき、美容師さんが、「上の子のおねしょで困っていた保育園のママ友の話」をしてくれました。
5歳になる長女さんが、毎晩おねしょするようになったんだそうです。
心配したお母さんは、いろいろ考え、きっとこの子は寂しいのだと思いました。
そこで、毎朝、5時に起きて、長女さんと30分、散歩をすることにしました。
なかなか大変なことだし、努力が必要だったと思います。
そうして一週間ほどたったある夜から、長女さんのおねしょはピタッと治ったんだそうです。
わたくし、てっきり、体調の関係で抗利尿ホルモンが分泌不足だったり、膀胱が未発達で容量不足とか、そういうのかと思ったんだけど、気持ちの問題だったんですね。
さすが、その子のお母さん、我が子のことはよく分かってるんだなあ。偉いなあ。早朝散歩も偉いけど。

それにしても、子供ってほんと、「気持ち」の生き物ですねえ。

って、私、言ったんです。
そしたらね、美容師さんが急に、爆笑したんです。

「気持ちの生き物って言い方、なんかすごく変わってて、面白いですね! 椎堂さんていつも、変わったこと言いますよねえ」って言うんです。

私はですね、常日頃、変わったことは言わないように気をつけているんです。
というのは、物を書く人間て、書くときはその真逆で、変わったこと、つまり人と違うオリジナリティを追求して書いているものだと思うし、私もそうでしょう。自分ならではのものを書こうとしているはずだと思います。

だけどね、それは書き言葉での話で、話し言葉とはまた違いますよね。日常会話は、分かり易さや親しみやすさが大事で、そこに独創性はあんまり必要がないです。あってもいいんだろうけど、無い方が、人付き合いがスムーズというか、面倒が少ないんじゃないかと。

だから、話すときはなるべく、「普通に」話すようにしてるつもりなんですが、書く人間てどうしても、書き言葉が口をついて出るんです。
出ますよね? みんな出るんだよね!(仲間を求めています)

だけどです。
「子供ってほんと、気持ちの生き物ですね」は、普通に言いますよね、日常会話で。言いません?

めっちゃ気になる。

美容師さんに、「子供は気持ちの生き物って私も使っていいですか」って言われたので、「どうぞどうぞ」って言っておきました。
なんでそんなこと聞くんだよ?

私が変なんじゃなく、美容師さんが変わってるんじゃないかと思うんだけど、私の話し方って変なのか。気になる( ;´Д`)

話し方教室でも行けばいいんですかね?
そんな暇あったら小説書きたいわ。

というのが今日の日記でした。
スマホから一生懸命書いた割に、しょうもな度が高すぎて、どうしていいかわかりません。
それでも毎日書くことが大事なんですよね。頑張ろう。

2014年5月27日火曜日

今年も懲りずに紫陽花を買ってきた件

以前、園芸店から買ってきた紫陽花の鉢植えが、うちにあったんですが、西日に当たって、さらに越冬できずに枯れました。
なんだかね。私が育てると植物は皆、枯れますorz
手入れの方法が間違っているのか。置き場所とかの環境が間違っているのか。よくわかりません。

しかし、懲りずにまた買ってきました。


水彩画アプリで加工してみた。
まだ咲き始めなので色も薄く、綺麗じゃありません。この紫陽花は生きて咲くことができるのか?

育て方もネットで確認。
http://www.yasashi.info/a_00010g.htm

ついでに、セントポーリアも買いました。

子供の頃、校長先生が、セントポーリアを育てるのがご趣味で、校長室の窓辺にうようよとセントポーリアの小鉢が置いてありました。
セントポーリアは葉っぱを土に挿しておくと、根付いて殖えるんです。
そうやって殖やしたセントポーリアを、校長先生が生徒に下さることがあり、どういう基準かはよく分からなかったですが、いただくのは名誉なことだった気がします。
私はその鉢をもらったことがありませんでした。負け犬だな!
だから、セントポーリアには格別の思い入れがあるような気がするんですが、あれは買うものじゃなく、もらうものというイメージが強すぎて、今まで買ったことはなかったです。
でも売ってたんで。200円くらいだったんで。なんだよ200円ぽっちなのかよ!  って衝撃で、つい、ついで買いしてしまいましたよ。

枯らすような予感( ;´Д`)

セントポーリアの育て方
http://www.yasashi.info/se_00004g.htm

ご近所に、趣味良く花の咲き乱れるお家があって、スペース的には拙宅と大差ないはずなのに、なんという優雅さ( ;´Д`)!! と羨ましい気持ちでいっぱいです。
ご近所でも評判のお家なんですよ。
師匠とお呼びしたい。
でもたぶん接点はないので、ひとりで細々と勉強します。


2014年5月26日月曜日

ヘアクリップを自作した

去る日曜に、長女と、ヘアクリップを作りました。


100均で買った金属製のヘアクリップに、手芸用のボンドで、リボンを貼り付けて、飾りを貼っただけで、簡単なんだけど、一歳半の次女の攻撃をかいくぐりながらの作業は、やや曲芸でした。

一日乾かしたんだけど、まだボンド臭い。この臭いは消えるのか?
消えなきゃ使える気がしないです。
手芸屋さんのお姉さんに、ホットメルトよりもボンドがお勧めって言われたんだけど、やっぱホットメルトのほうが臭さがマシだったのでは(汗)

2014年5月25日日曜日

美形萌えの続きの話と、小説「椎堂かおる」

昨夜、真夜中にクドクドと美形萌えの話を書きましたが、何やってんだかと思います。
なのにまだ書きます。(カメラ目線で)

「ただ美形が出てくるだけの話」について、一般論として、何気なく書きましたが、ようく考えてみると、「ただ美形が出てくるだけの話」って、いったいどうやって書くんでしょうか。

前回の記事で書きましたが、美人というのは、それだけでセンセーショナルです。

楊貴妃でもクレオパトラでも滝川クリステルでもいいんですが、(最後のは私の趣味です) 一見して「すごい!」と人が驚くような美貌の人物が、学校とか、村とか、職場とか、飛行機の隣の席にいたとして、そこから何も起きないってことがあるでしょうか。

美形っちゅうのは、ブラックホールとか、超新星みたいなもんです。ものすごいパワーや吸引力を持っていて、本人が意図するかしないかによらず、大なり小なりの影響を、周囲の人間に与えるものじゃないでしょうか。
それは普段の心の動きとは違うし、人によっては、大掛かりな行動に出ることもあるでしょう。
それこそがドラマであり、物語の本体ですよね。

美人が出てきて、何も起きない、っていうのは、ストーリーとして不自然です。

……って、洗濯物干しながら考えたんだけど、うちの美形牧場って、そうじゃないか?
全員が美貌だから、美貌の価値が著しく凡庸になっていて、話題にもならないみたいな設定じゃなかったか?

椎堂さん……アホか( ;´Д`)!
なんかちょっと自分が辛くなりました。

いやいや、でもあれは、要するに、外部の人間が、あるいは読者が、あの場に物語の読み手として降り立ったときに、「なんじゃあこりゃあ!」って驚く、豪華絢爛な舞台装置として機能するべきものです。

「紫煙蝶」などでは、イルスが大使としてタンジールに赴き、リューズに謁見するお話もちらっとありますが、イルスはなんちゅうか、容貌は普通です。ふつーの子です。
リューズには、「ヘンリックの子なのに顔フツーだな」とか思われてたにちがいないです。
一方イルスから見たら、学院で見たスィグル一人でも驚いてたんだから、謁見の広間で「全員こうかよ!?」っていうのを見たら、きっとポカーンだったんだろうけど、根が割と動じないタイプなので、「すげー」くらいしか思わないの……か?

キャラの配置って大事ですね。

なんか結局、無駄に美形が出てくるだけの話じゃん( ;´Д`) だめじゃん!

でもまあいいですね。
作者が美形の描写をしたい時に、いつでも手近に美形キャラがいるようにするための、何不自由ないシステムです。

次の話題。

毎日ブログを書いてリハビリしようって思った時に、「でも毎日何を書くの?」って考えました。
日記とか、このような下らない話しか、書くことがありません。
下らない小説のほうがマシだ。って思ったときに、そういえば、「人は誰でも一本は小説を書ける。自分自身のことを書けばいい」っていう話を思いだし、ああ、そうだ、

日記を小説文体で書けばいいんじゃね*\(^o^)/*

って考えたんですが、バカバカしすぎて無理でした。
いや、だって、無理だろ。日記にはオチがないから。小説にはオチがいるんだから。

日常にオチをつける方法ってあります?

小説のジャンルとして、誰それの日常みたいな、架空の人物の日記のようなのもありますが、あれも結局は物語で、テーマ性であるとか、ドラマの部分が仕込んであるもんです。
なんの仕込みもない椎堂さんの毎日にオチはないからなあ。

でも誰か他の人がやってくれたら読みたいので、誰かやってください。(丸投げ)

以上、今日の記事でした。
ちなみにこれを、長女がアイカツの順番待ちをする付き添いをしながら、ゲーム筐体の後ろで書いています。日曜日のショッピングモールは、ご家族連れの戦場です。この混雑を見るといつも、少子化って、どこの国の話? って思います。
隣の妖怪ウォッチの混み方ハンパないっす。

2014年5月24日土曜日

美形萌えを再確認した件

リハビリのため、毎日ブログを書こうかなと思い、二日目で挫折するという、自分の凄さに、胸打たれました。毎日書きますって宣言してなくて良かったよね。期待して見てくれる人がいるとも思えないけど、万が一いたら、申し訳ないですもん。

さて、表題の件ですが。
本日、用事で高島屋京都店に行き、エルメスのショップで、スカーフのアレンジを紹介するイベントをやっていたので、拝見してきました。
アレンジ方法ももちろん興味深かったですが、それよりも、八頭身で美貌のモデルさんの麗しさに眼福。
自分の美形萌えを久々に確信したというかですね、ただ美形が出てくるだけの話なんて、つまんないとかいうのは、よく言われることですが、いやはや、ほんまもんの美貌というのは、理屈抜きにセンセーショナルで、美人はただそこにいて、静かに微笑んでいるだけで、ドラマティックなのです。
ただそれを、文章や物語で、どのように表現していくかが、簡単ではないのだということではないかと。

芸術って、古来から、美を探求するのが一大テーマであったろうと思います。
なんでそんなもんを必死で表現するのかというと、なんでだろう、って忘れがちでしたが、美しいものには感動があり、驚きがあり、忘れがたい余韻があるからなのでしょうね。

つまりは、書くに値するから書くわけだ。
そんな単純なことを、今日、改めて思い知りました。
生で見ないといけないね、美人。

創作意欲を与えてくれる美貌の人物を、「ミューズ」って言ったりしますが、そういう意味じゃ、私は今日、図らずもミューズに出会ったわけだ。
薬用石鹸なら毎日出会ってたんだけどな。ありがとうミューズ。

美しいものに感動することが、創作の第一歩だと思います。私の場合。
それが現実のものでも、自分の美しい空想でもいいんだけど。

あ。美しいといえば、余談ですが、今朝の夢にはリューズ様が出てきました。
変な夢でした。
私がしとしと雨の降る寒い荒野を、傘もなく、次女を抱いて、さまよっているのです。
せめて娘だけでも雨を避けるものがあればいいのにと思っていました。
それに、早くどこかに辿り着かないと、娘の充電池が切れてしまうと、焦っています。
なんでか、次女は充電式らしく、電池が底をつくと、初期化されてしまい、生まれてからこれまでの記憶がデリートされてしまう仕組みらしいのです。
困ったなあと思いつつ歩くうちに、私はタンジールの秘密の入り口に偶然辿り着きます。
そして、入り口の関所で、門番の役人みたいな人に、どうか充電させてくださいと頼むんですが、「なんか怪しい奴だ、どうやってここに来た」などと尋問されるんです。
そうこうしてるうちに、次女の電池はどんどん減るし、頼むから責任者出てこい! と願うと、場面があっという間に、タンジール王宮の玉座の間になり、ダルそうなリューズ様に謁見しているではないですか。
その時、私は、ふと、「リューズ様って、綺麗なジャバ・ザ・ハットだよね?」と思います。スター・ウォーズに出て来る、でかい芋虫みたいな悪漢で、ギャングの親分みたいなキャラクターです。
あー、そのへんがリューズのキャラクター的なルーツかもしれんなあと思いつつ、私はリューズ様に「お優しい閣下、どうか哀れなわたくしの娘に充電ポートをお与えください」と頼み、「しかたない。好きにするがいい」とか言って許してもらうんですが。
そこらへんで、リアルのほうの次女が夜泣きして、目が覚めました。

リューズ様は、美形でした。
でもやっぱ妖怪の類で、美しいですが、怖い顔をしています。
地下に住んでるし、蟻とか蜂とか蜘蛛とかいう、昆虫の仲間というか、蛇というか、なんかそういうものだと思います。
そういうものを、描きたいんだと思います。
なんでかは自分でも分かんないけど、綺麗なジャバ・ザ・ハットが、私の空想の中で、美しかったので、ただそれを書きたいっていうだけでしょう。

そんなしょうもない理由で書いていいのかって思うけど、別に構わんのだろうなあ。
だって、美しいは正義だもんね。

問題はそれに、物語的な必然性や、面白さを加味することです。
ただ美形がいるだけじゃ、お話にはならんのですもんね。


なんだろうこの独り言。
しょうもなくて意味不明ですが、なるべく毎日なにかを書こうと思います。
よかったら読みに来てください。
コメントもいただけるなら歓迎です。
最後まで読んでくださって、どうもありがとう。
読む甲斐のあるものを書けるところまで、這い戻りたいと思います。
しばらくは、這い這いする椎堂かおるをご覧ください。

2014年5月22日木曜日

デジタルネイティブ

去る日曜に、府立植物園に行ってきました。家族で一日のんびりできる、京都府民の憩いの場です。

長女に、「せっかく綺麗なお花が咲いているところに行くんだし、おチビもデジカメ持っていったら*\(^o^)/*」って、テンションあげあげでアドバイスしたら、冷静な声で、「そんなのスマホでいいじゃん」(2005年生まれ8歳)て言われました。

……ですよねー。

子供にスマホを持たせることについて、世の中には賛否あり、各ご家庭のご方針もあるだろうと思いますが、うちでは、限定的なアプリの使用に限定して、使わせています。

そうでなくても、生まれた時からインターネットがあり、物心つく頃には誰もがケータイを持っていて、タッチパネルは当たり前の世代。
カメラって嬉しいよね! って、昭和生まれの私は思うんですが、今の子が「スマホさえあればいい」って思うのも、もっともかもしれない。
だって写真を撮るのだって、今では9割がた、画面上で見るためだもんね。画面上で綺麗な画質があれば十分で、どんな撮影効果も、アプリがあれば足りるんだよね。おおよその素人にとってはさ。

私もその一人なんだけど。
でも、カメラって嬉しくないですか?


バラ園で満開のバラを見て、バラが欲しくなりました。
なんでも欲しくなるんだな。物欲が多いもんで。
でも、なんだかすぐ枯らしそうです。

今年もグリーンカーテンに着手したんだけど、去年まともに育たなくて、カーテンにならなかったんですよ。日照不足?
日差しきついからカーテンにしたいのに、日照不足なんてありなのか?





2014年5月8日木曜日

写真水彩画化アプリWaterlogueを買ってみた

noteで知った、写真を水彩画風に加工するiPhoneアプリ「Waterlogue」を買ってみました。

適宜な写真がなかった感があるのですが、風景とか、物撮りした写真だと、かなり水彩画っぽくなる印象でした。

300円分は十分遊べる気がする。

小説の挿絵にも使えるかもしれない! などと思いましたが、まずその元画像になる写真を撮るのが大変なのだ( ;´Д`)

買ったものの、自分的には使い所が分かりません。当面は、子供の写真を水彩画にして、きゃっきゃする程度です。

旅先で撮った写真を絵葉書にして、世界中どこにでも送ってくれる機能がついているみたいなので、旅のお供にいいですね。楽しみが増えます。
自分宛に送っても、旅日記になっていいよね。