2012年8月28日火曜日

ほぼ日手帳に写真を貼る

ほぼ日手帳に骨を埋める覚悟を決めました。そして、ほぼ日手帳への信仰を深めるため、2013年のガイドブックを買ってみた!(添付写真)

内容は、写真が綺麗で面白かったですが、私はもっとマニアックな「ほぼ日手帳ハック」みたいなのを内心求めていたらしく、もっと! もっと何か出して! ってなりました。

紹介されていた使い方は、どれも面白かったですが、中でも特に、外国のお嬢さんの、「愚痴を書いたあとに濃い色のマステを貼って内容を隠す」っていうのが、すごく面白いなって思いました。
日記に愚痴を書くと、スカッとするけど、あとでうっかり読み返しちゃうと、自分の愚痴でも痛かったりがあるので、マステで自己検閲は面白いかもしれない。「書いて、封印」みたいな作業ですね。
何となく、地面に穴掘って愚痴って埋めるみたいな(^^;;

それはともかく、私の日記は半分くらいは親ばか日記です。
子供の写真をシールプリントしたのや、「ママだいすき」とか書いてくれたメモ書きなどを貼ります。
将来、ムスメが思春期に入り、親など見向きもしなくなった頃に、深夜に眺めてサメザメと泣くためのツールです。
外部に漏れたら世間様に顔向けできないような恥ずかしいことを書いています。見られたら、見た者に即座にアサッシンを放たねばなりません。

世の中には中二病と同じくらい、恥ずかしい危険物があるということですね。でも親ばか病のほうは痛くても中二病ほど世間であれこれ言われないのは、やっぱ単純に、大人がやってることで、多数派だからでしょうか?
親ばかに卒業はありません。

さて、話は写真のシールプリントのことなんです。

手帳やノートにシールプリントしたものを貼る作業に関しては、何も親ばか系に限らず、彼氏彼女の写真を貼ったり、友達と撮ったプリクラを貼ったり、旅行の写真や、美味しかった料理の写真を貼ったり、手芸の作品、可愛いペットの写真、自分や好きな絵師さんが描いたイラストや、フィギュア、コスプレの記録、道に落ちていた片方だけの手袋の写真を集めている人だって、リア充からマニアまで幅広く、「やれば楽しいこと」だろうと思います。

だが貼るのが面倒臭い。
いや、貼るのは楽しいんですが、貼る前の印刷とかが面倒臭いです。
なんとか簡単にならんもんなんでしょうか。

ググったら、いくつかお役立ちな記事は拾えたんですが。

iPhotoのインデックスプリント機能を使う方法
http://hacks.beck1240.com/?p=1408

セブンイレブンの分割プリントを使う方法
http://www.1101.com/techo_club/archives/757/

カラリオ・ミーで分割プリント機能を使う方法
http://www.1101.com/techo_club/archives/307/

ダイソーの写真シール用紙などに専用ソフトで印刷する方法
http://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-937.html

あと、最後に紹介したURLの記事でも言及されていますが、ポラロイドTWOのようなシールプリント機能付きのデジカメを使う方法もあります。
が、TWOもxiaoも、確かもう製造されてないからね。新たに手に入れるっていうのがちょっと難ありです。

私が今やっている方法は、iPhoneのレイアウトアプリで写真をインデックスプリントのようにズラッと並べた画像を作り、それを版下として、フリーカット仕様のL版シール用紙に、家庭用のインクジェットプリンターで印刷する方法です。

版下は暇な時にiPhoneでちまちま作っておけるので、電車の中とか、子供のお稽古待ちとか、カレーを煮てる時でもやれるし。
子供と一緒にやっても、思い出が反芻できて楽しいです( ´ ▽ ` )←親ばか汁分泌中
ただ、そのシールを高確率で子供にとられますんで、同じものを2枚印刷しないといけなかったりという、思わぬランニングコストがかかる場合も……。

印刷のコマンドも、Wi-Fi対応のプリンターなら、iPhoneのアプリから送れるので、パソコンを起動する手間もかかりません。ものすごくラクです。
シールプリント用の設定をパソコンでやる面倒もありません。

レイアウト用のアプリはいろいろありますが、私はPicFrameというのを使っています。
このアプリで、3:4の縦横比で、3×3枚レイアウトで作ったのをL版シール用紙にプリントすると、カズンの「今日のお言葉」欄を上書きするのに、まあまあちょうどいいサイズの写真シールができるんですよ……? 横に3枚くらい並べて貼れば、全文隠せるというか。
そこまでして「お言葉」を抹消しなくてもいいんだろうけど。

レイアウトの種類は、アプリによって、一枚に大小織り交ぜたものや、いろいろあるので、必要に応じて使います。

フリーカット用紙だから、シール印刷してから、ハサミで切って貼らないといけないんだけど、それはなぜか私には面倒臭い気がしないので平気です。
それも面倒臭いわって人にも、良い方法があるといいんだけどね。

スマホのレイアウトアプリを使う方法は、私には画期的に便利でしたが、ほぼ日公式でも、写真貼ってデコったりする方法を何年も前からフィーチャーしてるんなら、ほぼ日手帳のマス目にピッタリの写真シールがレイアウトできる、ほぼ日手帳シールアプリを開発してくれたらいいのにな。
カズンのマンスリーの枠にピッタリサイズの写真シールをびっしり貼って、親ばかに浸りたいじゃん。
枠と同寸である必要はないのかもしれないけど、同寸だと美しいじゃないですか。

そういうレイアウトアプリ、たぶん開発は簡単な部類って気がするので、別に公式じゃなくてもいいから、アプリ開発者の方々、誰か作って! 誰か! 誰でもいい! お願い作って!(ネットのうら寂れた片隅から微弱な念波を送ってみました。虚しいです)

写真シールの良いところは、薄いことだと思います。
プリントした普通の写真を糊や両面テープで貼ることもできるけど、厚みがあるので、ノートページがボコボコして書きにくくなるし。
シールだとマシです。

ほぼ日手帳カズンの、ウィークリープランナー部分が使えてなくてイラッとしていたんですが、いろいろな用途を考えた挙句、「写真を貼ればいいや」って結論に達しました。何のヒネリもないけど。その週のイベントの写真があればシールプリントして貼るようにしています。
しょぼいアルバムみたいになってる。
日記は私の個人的なものなので、アルバムはアルバムで作らないといけないんだけども。なぜかアルバム作りは億劫です。日記と何が違うのか自分でもよくわからない。

思い出の写真をレイアウトして貼ったり、デコったり、思い出を書き添えたりという回想作業は、フォトセラピーとか言って、心が癒されるらしいです。
皆さんも心が折れそうな時には、一案としてお試しください。
思い出じゃなくても、自分の好きなものの写真でいいみたいです。ラーメンでも。アイドルでも。雑誌の切り抜きでも。
それってたぶん、自分の好きなものだけの箱庭で遊ぶってことなんだろうね。そういうのって一種の現実逃避だけど、でも必要ですよね。
そうやって癒される好きなものがあるっていうのは、幸せです。

2012年8月25日土曜日

棚ボタkoboデビュー

電子文芸誌「でんしょでしょ」が、kobo対応になりました。
楽天koboで検索すると出てきます。
(表示されない場合は、跳び先画面の検索窓の「go」をクリックするといいそうです。)

でんしょ公式での告知記事はこちらです

私は創刊号に「月下世界紀行vol.1 河を渡る」を載せていただいておりましたので、結果的に楽天koboで作品配信している人になってしまいました。
なんだかソワソワします。
でも現在、楽天koboの作品サーチ機能が、なんというか、かなりアレだそうなので、露出度は限りなくゼロに近いといいますか、知っている人しか知らない電子本として配信中みたいになっていると思います。ソワソワしても無駄かもしれません。

koboをお持ちの方は、よかったらダウンロードして読んでみてください。「でんしょ」さんは、パブーでの配信と同様、無料です。

ゆうりさんとこのブログの「でんしょ」→koboインストール実録記事も参考になります。デフォルトの文字、小さッ(汗)

前にも書いておりますとおり、私もkobo買ってあるんですが、いまだに未開封です。いつやるんだ、初期設定。koboが箱のなかで腐る前にやりたいと思います。


そして、koboとは何の関係もないですが、G+の記事にも書いてしまったように、わたくし、evernoteスマートブック by Moleskineというのを発作的に買いました。予約注文です。宅配は10月1日より開始だそうです。
個人的には、ドット方眼というのが、オリジナル版のモレスキンより好みです。というか、オリジナルのモレスキンの罫線や方眼は濃すぎて苦手です。evernoteのプレミアムアカウントがバンドルされていない、ただのドット方眼のモレスキンを売ってほしいです。
でもきっと売ってくれないんだろうな。

あと、サイト作りがあまりにも立ち行かないので、ちまちま書いてきた新しい原稿は、パブーさんにupしようかなという気がしてきました。
koboとタイアップできる機能というのも魅力といえばそうですが、いろいろ試した投稿系のサイトさんの中では、いちばん自分に合っているかなという印象だったです。
ななかすごい「ゆる〜い」みたいな空気も好きです。
バリバリはもう働けないのです(;´Д`)
「カルテット」とか「三都幻妖夜話」のような長編は、コピペが面倒臭かったり、内容的にアレだったり色々で、移植する予定はいまのところ無いですが、細かいのを移そうかと思います。カルテットは私の気力があれば、パブーさんに置かせてもらっても差し支えはないと思うのですが。まずは小品から。
気づけばサイトのどこからもリンクしていませんでしたが、パブーさんでの私の作者アカウントは、ここにあります
当面は、旧作を移植するのが精々なので、ブクマしていただく程ではないです。もし、何か新しいのをupできたら、ブログで告知したいと思います。

2012年8月17日金曜日

年を取る

大文字が終わりました。
今年は、遠くからチョコっと見える「大」の字を眺めて満足しました。
地元・京都の人は、五山の送り火を眺める穴場を知っていたりするようです。意外なところから見えたりする場合もあります。
近くから眺める送り火が、やはり迫力があると思いますが、思わぬところからチラッと見える送り火も、それはそれでオツなもんです。

今日は中学以来の友人と会ってきました。皆、就職や結婚などで各地に散っているので、たまたま予定が合う人しかお互い会えません。
今回も久しぶりに会いました。
私は参加できなかった同窓会の話を聞かせてもらいました。
その中で、「年をとったのがショックだという話をしていた人がいたよ」という話題が出ました。
年を取るのって、ショックな事なんでしょうか。
私はすでに半ボケなのか、自分が何歳なのか時々わからなくなります。
具体的な数字での年齢って、あんまり関係ない気がして、公的な文書に年齢を書かないといけない時くらいしか思い出しません。

年を取るのを無視してるわけではなくて、ひしひしと寄る年波は感じるんですが、それが嫌だって、あまり思わないです。

なんでだろうな。

やはり、ひとつには、小説を書くせいな気がします。
その年齢にならないと書けないものっていうのが、どうもあるようで、年々上達するというのとは違いますが、新しい発見があって、年を取る楽しみがあります。

年齢とは違うけど、最初に出産したときに、「これで出産シーンも安心して書けるな」と思いました。それは14歳の時の私には書けないものでした。それと引き換えに、何かを失っているんだろうけど、それまで書きあぐねていた関門の扉が開くこともあるかもしれません。
ものを書く人間の気楽さです。

あと、年を取る楽しみがあるのは、着物を着る人にも独特のものかもしれないです。
洋服だって同じかもしれないですが、私はそっちは鈍いので。

私の好む着物の柄は、地味というか、渋いものが多いです。ある程度、年齢を重ねて老けないと、似合わないっていうのが多くて、憧れの柄行きを着こなすには、早くお婆さんにならなくちゃ、せめて50代くらいにはならないと、というのがあって、だからといって早く年老いるのは無理ですが、老けたら老けたなりの楽しみがあるわけです。

以前、浴衣を仕立ててもらおうと、着物屋さんに行って、担当の店員さんに、松煙染めの反物を、あれがいいと試着を頼んだら、「あれはあきません」とリジェクトされました。白抜きで模様が染めてある、グレーの反物です。
な、なんでだよう!
びっくりして聞いたら、「これは20代の人が若さで着こなすか、60、70代の人がお似合いになるものです。椎堂さんぐらいの中途半端なお年の人には、お勧めできません」と、そんなハッキリ言うなっていうぐらいハッキリ言われ、それでも顔映りを見てみるぐらいええやん、減るもんやなし! と、試してみたら、びっくりするぐらい似合いませんでした。
「あきませんね」と、担当のお兄ちゃんがキッパリ言うので、そんな正直な接客で怒られたりせえへんのかと心配になるほどでした。
その時は、お兄ちゃんが勧める別のを買いましたが、これが年相応というのを着ると、不思議とよく似合うもんです。
「お婆さんみたいなのは、お婆さんになってから買いにきはったらええやないですか」と、お兄ちゃんがしれっと悪びれもせず言うので、確かにそうやなと納得しています。
そのほうが、生きる楽しみや張り合いがあるよね。

年老いるのが怖いというのは、死が怖いということなのかな。
死は怖いかもしれません。
死んだらもう、何もできない気がするし。
死んだら一行だって書けない。
友達とも会えない。
着物だって着られないし。

しかし、率直がモットーの店員のお兄ちゃんによれば、お店のお客さんで、「あの世で着るから」と言って、自分の死装束として、着物や帯を沢山買っていった老婦人がいたそうです。
その方は亡くなりました。一番気に入った大島紬を着て棺に入り、他の死装束はもう一つ別の棺にいれて、同時に荼毘に付してもらったそうです。
大変、贅沢な話ですけど、いかにも着倒れの死に様って感じで、格好いいですね。
「今頃、あの世で着て楽しんではるんやないですか」と、お兄ちゃんは真面目な顔して話していました。

どこのどなたかは存じませんけど、そうだといいなと思います。
ことによれば、死んだ後にしか着こなせないものっていうのも、あるのかもしれないですね。
なんだか変なファンタジーだけど。


2012年8月15日水曜日

デスクに牛皮を敷いてみた

革張りのデスクって凄くいいなと思うんですが、とっても豪勢です。

代わりに、デスクにレザーマットを敷くという手もありますが、そのマット自体も、主婦感覚では、「ちょっとアレだな」と思う感じです。そこまでしなくても字は書けるな、みたいなね。
カバン買うくらいの値段ですが、だったらカバン買うかな、とか( ´ ▽ ` )←袋物には目がなくて
いつかは欲しいな~、でも今日買うのは思い切りがつかないな~(そして数年)、みたいなアイテムです、私にとっては。

とりあえず、家にあった皮の端切れを敷いてみました。東急ハンズで売ってた、レザークラフト用の端皮の詰め合わせに入ってた大きいやつ。値段的には、これ一枚で千円いかない程度かな。
傷もあって、クオリティのいい皮ではないですが、「あーらボールペンで書いちゃった」とか、万年筆のインクこぼしちゃった、とか、「ママー、チョコレートついちゃったー( ´ ▽ ` )」とかなっても、あらまあ大失敗ウフフ、とかで気楽に済ませられるので平和です。
私には当座こんなもんで十分だわ。

良い皮で作られているデスクマットとは比べものにならないでしょうが、手触りもよくて、書き心地もよいです。デスクの汚れ防止にはなる。

それにしても、久々に触ったキーボードが埃だらけで汚くなっていてギョッとしました。写真だとあまり分からないといいな。綺麗じゃなくてすみません。

2012年8月13日月曜日

読了本

BBCのドラマ「シャーロック」を観たので、原作はどんなだっけと思って、コナン・ドイル作の「緋色の研究」を読みました。面白いね。娯楽だ!
訳は駒月雅子さんです。
せっかくなので、ひとりシャーロック・ホームズ祭りと行こうと思うんですが、次は何を読めばいいんだっけ、ってなりました。
一作目が「緋色の研究」だってことは知っていたんだけども。

とりあえずググるかと思って検索したら、シャーロック・ホームズシリーズ全作の邦訳を無料で公開しているというサイトに行き当たりました。
http://www.221b.jp/
コナン・ドイルの死後、50年が過ぎたのだということですね。

シャーロック・ホームズシリーズの第一作「緋色の研究」をコナン・ドイルが出版社に持って行った時、何度も断られて、結局、著作権買い上げで出版されたと、そのサイトで解説されていました。

今も大人気の名作で、そういう経過を持っている作品て、結構ありますよね。フィクションの人気って、実は案外、「出してみるまで分からない」ものなのかもしれないです。

先日まで個人的に、人生何度目かの「赤毛のアン祭り」だったんですが、この作品の一作目である「グリーン・ゲイブルスのアン」も、作者のモンゴメリが出版社に原稿を送った時には、編集者のウケが悪くて、いったんお蔵入りしたり、二束三文の原稿料で買い上げで出版されたりしたそうです。

どうして編集者の人には面白くなかったんだろうね?
まだ世に出てない作品の面白さって、なんかちょっと難しいのかな。不思議です。

あ、そういえば、久しぶりに「赤毛のアン」を読み返していて、アンの友人に「ルビー・ギリス」という人物が出て来るので、そういえばそうだった、ギリスちゃんの名前の元ネタこれかもな! って自分でびっくりしました。
意図して引用したわけではないので、キャラクター的には似ても似つかないですが、音だけ憶えてたのだろうね。
カナダに普通にある姓かもしれず、世間には実在のギリスさんがいっぱいいるのかも。

面白い作品といえば、最近うちのムスメが、ちょっとしたご縁で、競技カルタのクラブに入りたいと言い出しまして、日々、呪文のように百人一首をブツブツ丸暗記しはじめ、しかもなぜか柿本人麻呂の「あしひきの~」という句の無限ループです。私はそれを毎日ずっと聞かされて、気が変になりそうです。
競技カルタってどういうものなの? と思って、それを題材にしていて、面白いと評判だった漫画「ちはやふる」の事を思い出し、最新17巻まで大人買いしてみました。
ぼちぼちと読んでいますが、面白いです。面白いですが、競技カルタ大変そうじゃないか( ;´Д`) すっごい体育会系じゃないか!
うちのムスメ様、野生児で真っ黒に日焼けしてて傷だらけなので、ちょっとは女の子らしい淑やかさもプラスしたらどうや? という陰謀もあり、百人一首か、イイネとか安易に思ってたんですが。親しいオカン友も、「百人一首ええやん、将来、受験とかで役に立つかも( ´ ▽ ` )」とか平和なコメントをしていて、そーやねと私も平和に考えていたんだけども。
さー、どーかな。怪しいな。怪しいな。

ちゃんと続くかも、かなり怪しいですけどね。まだ子供ですんで。
でも一刻も早く、柿本人麻呂無限ループから脱してほしいです。私がキレる前に。

旦那は親バカ過ぎて「iTMSで百人一首の読み上げデータ買っちゃった(((o(*゚▽゚*)o)))」とか言うので、そんなもんあるんやってビックリしています。
その読み上げの音が大音量で家じゅうに鳴り響いている時もあってね。
なんだか不気味な家になってきました。


2012年8月11日土曜日

秋の声

立秋を過ぎ、まだ暑いのに暦のうえでは秋なのかと思っていたら、なんだか日陰で感じる風が、こころなしか涼風のような。
夏が終わろうとしているんだなあ、って、ホッとするような、ちょっと寂しいようなです。

子供の頃、夏休みも後半になってくると、なんだか切ないような気がしていましたが、単に休みが終わるからっていうだけじゃなく、こういう体感的な季節の変化をなんとなく感じていたのかも?
アイスが前ほど美味しくない的な。

京都では昔から、夏は祇園祭の山鉾巡行に始まり、大文字の送り火で終わると言われてるんだそうです。ほんまかいなと思うけど、不思議と毎年、山鉾巡行に合わせて梅雨が明け、大文字を過ぎると、もう浴衣でもない、と思う。まだまだ残暑は続くんだけど、お盆とともに夏が去るような感じがあります。

若い頃は、そういうの、「あっそ」という程度にしか感じていなかったですが、近年は年食って、時の過ぎ行くのを実感を持って感じるせいか、朝顔の種が熟すのを見ても、「夏が過ぎ行く!!」とシミジミ感じ入っています。時は有限なほうが、美しいっちゅうこともあるんでしょうね。

ところで、いい感じの着物マンガあるよって教えてもらいました。
「チマちゃんの和箪笥」
http://cocohana.shueisha.co.jp/story/sano/chimachan/index.html
雑誌連載ちゅうで、まだコミックスにはなってないんですね。雑誌は見ないのでノーチェックでした。
画風も丁寧で可愛いし、着物の着方が、なんつうか、「キモノもえ~」みたいなのじゃなく、普段着てる人の着方っぽいですね。もえ~も好きなんだけど、こういうのもいいな。

教えてくださった方、ありがとうございます。雑誌見てみよう!

最近、私が着物を着ているかですが、着ていません。実は妊娠ちゅうでして、いま7ヶ月で、ハラが邪魔です。
妊婦でも着物は着られるんですが、私は体質的にツワリが酷いほうでして、トイレで五体投地みたいな日が長かったのでね、その時期に着物封印になっちゃいました。
体を締めるものが全般だめで、妊婦パンツのゴムすらヤバイ的な。洗濯も一時期、オカン様任せだったので、洗うのにコツがいる長襦袢やら何やらを洗わせるのは恐縮だったんです。

まあ、着物生活は私の場合、健康あってのことですわ。
興味は相変わらずなので、産んだらまた着ると思います。産んだら、それはそれで「そんな余裕ねえ!!」って時期が半年は続くかもしれないんだけども。
でも産後の女って、なんか得体のしれない脳内麻薬が出てるっぽいし。前の育児期にも、呆れるほど書いてましたしね。たぶんオカン汁効果で100万字以上書いたよね。

またドーピングできるといいね。
家事して育児して、それでも寝ないで書けるっていうのは、女体の持つ底力って凄いというか怖いですよね。
子供連れてる母熊が最強生物みたいなものかな?

いまはまだツワリもあって最弱生物になってますけど(カサカサ…)
年寄りなので、死なない程度に頑張ります。

いやでも本音を言うと着物着たいね!
街で行き会う浴衣や夏着物の人たちを物欲しげにガン見しています。
目からレーザー出てるよ!

2012年8月9日木曜日

パブーがkoboイーブックストアと連携

タイトルまんまですが、パブーがkoboイーブックストアと外部連携するんだって。

↓パブー公式のお知らせ
http://p.booklog.jp/book/385/page/1192058/

パブーで有料販売の作品だけでなく、無料の作品も連携可能のような記述なので、オンノベをパブーで公開して、イーブックストア連携機能をオンにすれば、手軽にkoboにインストールできるのかもですね。

そういう私はまだkoboのパッケージも開封してません。
いやいや、時間つうかパワーがなくて( ;´Д`)

作品をイーブックストアに手軽に置けるっていうのは凄いよね。
そっちを利用できる機会は私のパワー的に当面なさそうですが、パブーをベースに頒布されている電子同人誌「でんしょでしょ」に寄稿したことがあるので、そちらで棚ぼた的にイーブックストア進出してるかもね!
(でんしょがイーブックストア対応になるか知らないので勝手に言ってるだけですが)

ほんとに近頃のインターネットって、やる気さえあれば何でもできる世界だよね。素晴らしい。

そういう素晴らしいプラットホームがいくらでもあるご時世に、個人サイトで書くっていうのは、ある意味すごいというか、ほとんど意味わからないんだが、でも自分が楽しいしいいか。
個人サイトベースのオンライン作家って絶滅危惧種じゃないかという懸念を時々ふっと感じますが、いつまでたっても生きた化石として生き続けてる自分がいそうです。(ただの化石のときもありますが。生きてないというか)

パブーさん、グッジョブだな!

2012年8月7日火曜日

Polaroid TWOとabrAsusと

evernoteは写真の添付ができるから、日記や取材記に便利だよね、と思うが、アナログ(紙)のノートでも、それは可能なのです。ただ手間暇やコストがかかるというだけのことで。写真をプリントして貼ればいいんですよね。

Polaroid TWOという、写真ステッカーを印刷する機能のあるデジカメが、うちにあるんですが、こいつのランニングコストが地味に結構かかります。フォトペーパーが一枚あたり40円なので。それでも親ばかツールとしては許せなくもない範囲で、子供の写真などをプリントして、嬉しげに日記に貼ったりするのに使っています。

それでも、デジタルの手軽さ、ローコストさに比べると、面倒なわけで、実体があるということが、どの程度重要なのか、微妙な問題ですね。
evernoteにUPしたのを、iPadで見るなどすれば、見返す時の使用感も、アナログのアルバムやノートとさして変わんない。バーチャルかリアルかっていう差でしかない。

その差が、「すごく大きい」のか、「そう変わらない」のかは、感じ方や価値観の個人差ですよね。
私には最近、よく分からんようになってきました。アナログのノートも三度の飯より好きですが、もともとバーチャルなものに抵抗感の薄い人間なので、iPadのようなデバイスがあると、アナログとデジタルの境界線が曖昧になってきます。

そこがiPadを初めとする、タッチ操作のタブレット端末の画期的なところなのかもしれないですけどね。

紙の本か、電子書籍かっちゅう話にも、相通ずる何かがありそう。

アナログとデジタルの境界線上に位置するデバイスとして、abrAsusを導入してみることにしました。
A4用紙を3回折りたたんで使うメモ帳のメソッドです。折りたたんだ紙を挟んで、台紙の役割をする革製のホルダーが販売されているので、買ってみました。
evernoteのプレミアムコードを買おうと思っていたタイミングだったので、それがバンドルされている、緑色のホルダー(ゾウさんのロゴマーク入り)にしました。
恐ろしく鮮やかな緑色です。まさしくエバーノート色です。

買っていきなりアレですが、使いにくいな、これ。紙のホールドが弱くて。
「このホルダー、いるの?」ってなっちゃう。紙を折りたたんで使うメソッドがいけてるだけで、ホルダーは食玩についてるラムネ的な何かではないかと、買ってみてから脂汗出てきました。
立ってメモるような人には、ジョッターとして有効と思うけど、微妙。

私の愛読する、きたきつねさんの文具ブログで紹介されていた、
http://northfox.cocolog-nifty.com/stationery/2012/08/post-b137.html
OHTOのジョッター機能付きカードホルダーが、強く主張はしないまでも、同じ機能だったり? こっちのほうがホールド力あって便利だったり?

abrAsusのメソッドが自分に合っているか試すために、折りたたんだA4用紙を沢山作って、厚紙と一緒にクリアホルダーに入れ、それを台紙にして書いたりしていたんですが、それのほうが便利だったな。A4両面、あっという間に書いてしまうんですよ。すぐにレフィルが要るのよ。要る時に手元にないと困るのだしね。「どこにでもあるA4用紙」とはいえ、その時に手元にあるとは限らないですよね。それ用に折りたたんだのを持ち歩いてないと。

私は、ホルダーには開発の余地があるのではと思うけど、本来的には長文ではなく、出先で思いつきや電話番号などを咄嗟にメモる目的で使うのでしょうから、別にこれでいいのかもですね。

abrAsusのコンセプトが最も際立つのは、折りたたんで筆記したメモを、再びA4サイズまで開いてもどし、スキャナでデジタル化して保存することを提案しているところです。原本はシュレッダーして廃棄し、スキャンデータはevernoteなどのクラウドに保存。スマホなどから、いつでも閲覧できちゃうぞという寸法です。

私は、abrAsusのメソッドで、縦書き2段組で小説原稿の草案を書き、evernoteに下書き原稿としてストックする方法がいいんじゃないかなーと思っているんですが、どんなもんですかねえ。

一番、筆が乗るのは私の場合、デスクでPCに向かってキーボードを叩く方法ですが、最近それが難しいので。

スマホで入力するよりは、紙に手書きのほうが、まだしも筆が乗るんですが、後で入力し直さないといけませんしね。

それなら多少書きづらくても、iTextのような、スマホ用のテキストエディタで書いて、クラウドに保存するほうが、全体的に見た時の手間は少ないです。

でも、書き心地って重要ですしね。

などと、堂々巡りしているところです。目下。

abrAsus方式のA4用紙をスキャンするには、iScamilという、iPadと直結できるポータブルスキャナが便利そうですが。
http://www.kingjim.co.jp/sp/iscamil/
スキャンの精度はどうなんだろう。
子供が描いてくれた絵や、evernoteにUPして捨てたい書類やハガキのスキャンにも便利そう。

そうやってバリバリとデジタル化していくと、家が散らかりにくいのも、いいところなんです。

が、いざアレもコレも電子化ってやりはじめると、懐古趣味なのか、天邪鬼なのか、「紙っていいよね……」って発作が起きてね。
ノートに写真とかチラシとか、ペタペタ貼ると癒されるんですよね。手作業でね。

Polaroid TWOについて先述しましたが、写真ステッカー印刷っていうと、9月に発売予定のCanonのSELPHY CP900
http://cweb.canon.jp/cpp/lineup/cp900/
も良さそうです。
Wi-Fi経由で、iPhoneから写真データをプリントできるっていうのが魅力的。
しかし、写真ステッカーのランニングコストはポラロイド超え。
親ばか道もらくじゃないな。
でも、iPhoneで撮った写真データを簡単にプリントできるのって便利ですよね。

プリントする必要ないじゃん、iPhoneで見ればいいじゃんという説も自分の中で有力なんですが。

この堂々巡りに結論はあるのか?

こうして比較検討すると、「アナログは贅沢」っていう側面はあるのかも。
必要性を度外視した趣味性が濃厚ですよね。

子供にとって、自分にとって、あるいはプレゼンしたり友達づきあいする相手にとって、バーチャルではなく、手にとって触れる現物があるというのは、有意義なこと、心揺さぶられること、デジタルにはない力のあるものでしょうか。それは、旧時代へのノスタルジーではなく、本当に?

恋人と、Skypeで二時間話すより、会って黙って10分抱き合うほうが、情報的に優れているという考え方は、確かにあるんだけど。
それは、扱うモノが「経験」だからで。

もともとが脳内の情報である「思い出」とか「アイデア」を保存したり、回想したりするよすがになるものは、それと全く同じ次元じゃないかもしれないし。

悩んじゃうな。

うちの娘の年下の友人に、手書きの字はまだ書けないけど、スマホのメールは打てるという、4歳の女の子がいます。彼女は、読めるけど書けません。ケータイ入力でないと。
面白い時代やなと思います。

遠い将来、世の中はどういうふうになっていくんでしょうね。本質は変わらないと私は思っていますが、本質でないものは、案外急激に変化するんだろうな。

2012年8月6日月曜日

せんとくん

高島屋京都店に行った時に、こんなイベントも開催されていました。
LaQ(ラキュー)っていう幾何学パズルっぽいブロック(?)のオモチャの体験イベント。
四角と三角のピースと、そのジョイントパーツを組み合わせて、平面や立体の作品を作るっていうモノですが、せんとくんスゲえ。(※添付写真)
参考作品が奈良縛りなのは、メーカーさんが奈良の会社だからだそうです。
商品パッケージのモデル女児が欧米人なので輸入かと思ったら、「吉野の会社です」とのことで。コテコテにジャパンじゃないですか。いいね!

娘がいま猛烈にハマっています。(買わされた)
でも、旦那も地味にハマっております。
小学生女児の遊びっちゅうと、リカちゃんとか、アイロンビーズとか、ピンクと水色と紫色のファンシーな世界すぎて、お父さんには胃痙攣が起きそうになる感じになり、出番が無かったりが目立つようになるんですが、幾何学パズルっていうと、パパも娘と一緒に遊べて、ちょっと複雑なモデルを作ったりすると、「パパすごーい( ´ ▽ ` )」とか「パパ大好き♪」とか言われてデヘデヘだったりです。(ただしパズルのピースの色は女児向けパステルカラー)

私も香山家のホームドラマの連続シナリオ考案からしばし開放されてウマウマです。毎日やるってなるとリカちゃんもネタ切れで困ります。だんだん無茶な話になって、宇宙に行ってワームホールに飛び込んだり、宇宙生物に香山ピエールが食われたりするようになってきます。子持ちの身でアレですが、私は子守が苦手なんです。

LaQ買ってよかった。
娘は七夕さまにお願いした「エステティシャンになりたい」という将来の夢をキャンセルして、大人になったらLaQの会社に就職したいそうなので、関係者の皆様、どうぞよろしくお願いします。京都から通勤てどうなんだろう。交通費出ますか。でも漫画家にもなりたいらしいので、副業OKの社則かどうかが心配なところです。
奈良はいいところですよね。鹿もいるし。鹿も。せんとくんも。大仏も……。すいませんステレオなイメージしか出てこない。娘がLaQ本社に巡礼に行きたいらしいので、近いうちに行けたらいいなと思います。
ふらっと行くようなところなのかは謎ですが(汗)
でも吉野もいいところですよね。
吉野って何が美味しいんだろうな( ´ ▽ ` ) オカンは食うことにしか興味がありません。

2012年8月4日土曜日

たぶん正夢になった

小ネタですが、買い物に行ったら、三角クジを引いていいと言われたので、引いたところ、ヒラパー&ザ・ブーンのペアチケットが当たった。
今朝方のイェズラム様の夢が、まさかの正夢になっちゃった。

クジが当たって嬉しいけど、でもまた子供をプールに連れていかないといけないんだと思うと、「うおおおおお( ;´Д`)!!」ってなる。
プールには今日行ったばかりなんだよ、ヒラパー兄さん! プールはヘトヘトになるんだよ、ヒラパー兄さん!
CMではどこにいるの、ヒラパー兄さん……!

夏休みのプールは何度行っても良いものですよね(棒)

クジ当たるんならアタシ、米とかが良かった。
でも、人からいただくもので、そんなこと言っちゃ、バチ当たりますよね。
ありがとうございます!!
いくぜー、枚方!

恥ずかしくても

中学ぐらいのとき、思春期だからか、私は今よりずっと恥ずかしがり屋さんで、自分が書いた小説の原稿を人に見せるなんて、恥ずかしくて無理と思っていたが、「人に読んでもらわないと上手くならないよ」と友達に言われ、上手くはなりたかったので、書いたら必ず誰かに頼んで読んでもらっていた。
当時は今みたいにインターネットで不特定多数の読者のお目にかけるなどという便利な方法はなかったので、身近な友人に頼むしかない。
中学生の友人なのだから、全員が中学生だったが、私には皆の意見や感想がとても参考になったと思う。

ある時、さほど親しくはないクラスメイトが、私の書いたものに興味を持って、読んでみたいというので読んでもらった。
その友人の感想は、「小説みたいじゃないの。こんなの書けるってすごいね。でも恥ずかしくないの?」というものだった。

恥ずかしいに決まっとるやろ!!

というのが私の感想だったが、あの時なんて返事したんだっけ? 忘れてしまった。でも、その時のことを今でも憶えているんだから、相当に恥ずかしかったんだろう。

当時の私の「読者」はそれについて「小説を書くような人間が、恥かしいなどと思っていてどうする。誰でも書くものじゃないし、人が書かないようなものを書かなきゃいけないのだから、むしろ恥かしいと思うようなものを堂々と書け、自分を追い込め!」と激励してくれたのだが、ほんまにそれは正解なのか、人として。

その人とは別の人物も、むしろ人に見せるのが恥かしいものを書けと言っていた。この人は大人になってから会った人物で、中学生ではない。
恥かしいものというのは、別にエロとかそういう事ではなく、萌えにしろ何にしろ、オノレをさらけ出せということだ。小説は自己表現でもある。個性で書くものだし、望むと望まざるとに関わらず、書いたものを見れば作者の人格がバレる。それを覚悟の上で人に見せるのだから、恥かしいのは当たり前で、オノレのバカとか萌えとか、全てセキララにバレると覚悟の上で書くものだ、むしろアホ丸出しくらいセキララでなければ、自己表現とは言えない。
恥ずかしくない程度のソツのないものを出してきても、面白くはない。嫌なら書くなっちゅう話だった。

確かにそういう面はあるかもしれない。普通の人間は慎ましいので、自己表現などしない。萌えも苦しみも悲しみも愛も、じっと自分の胸に秘めている。秘め事だ。
それを代弁してくれるから、物語は感動するのだし、感情移入してもらえるのだし、面白いのだ。
物語は読者の欲望を満たす。
素敵な恋がしたい。強いヒーローになりたい。大金持ちになって豪邸に住みたい。幼なじみの美少女と同棲したい。ここではない何処かに行きたい。大泥棒になってみたい。血も凍るような恐怖を体験してみたい。
現実には無理だから、あるいは現実だとちょっと困るから、無難な仮想現実で。
読者その人が望む面白さより、さらに先のセンセーションを含んだ内容であることが望ましい。期待通りの、そして期待を上回るものでないと、面白くはないのだから、その内容を考えて書いて人に見せる作業は、普通の神経の人には恥かしいものなのだ。

普通の人間は小説なんか書かない。
残念ながらそうだ。
書くということは、非・普通ということだ。恥かしい。
でも書きたいんだからしょうがないよね。恥ずかしくても。

それでなくても人生は、恥かしいことばかりだよ。
就職面接で自己PRとかするのだって恥ずかしいよ。営業で外回りするのも恥ずかしいよ。接客だって恥ずかしいよ。会議でプレゼンテーションするのも恥ずかしいよ。
生きるっちゅうのは、多かれ少なかれ恥ずかしいよ。怯んでは負けだ。恥ずかしくても頑張ってやるから、仕事になるのだし、金になるんだよ。頑張るというのなら、むしろ恥かしいことをしろ。

なんかそういうのが、何人かの人々からもらったアドバイスの総合で、なるほどと思い、人生の指標ともしてきたのだが、そうやって、普通の神経を擦り減らしてきて本当に良かったのか。

私はもうとっくに思春期は脱したはずだし、その頃に恥ずかしかったことの多くが恥ずかしくはない。初対面の人と話すとか、初対面の人に自分の書いたものを読まれるとかいうのも平気だ。平気というか、鈍い。たぶん今も恥ずかしいが、耐えられる。耐え方をマスターした。

だが、それも慣れなので、ひさかたぶりだと恥ずかしさがまた台頭する。
最近、「書いたものを人に見せるって、恥ずかしくない?」と、唐突に思う時がある。小説はもちろんだが、ブログとかも。

今さらなに言ってんの! と自分でも焦る。常識的感覚だとは思うが、そんなのいらんから。恥ずかしいことをしろ! と小声で自分に鋭くアドバイスしたいような気がする。

そういうのって、自分でも書く方々には、きっと分かってもらえるんでしょうね。恥ずかしいよね?

でも、我にかえっちゃお終いなんだよ。


そういうことを、丑三つ時に見た夢でびっくりして起きて思いました。
ものすごく久々に、夢に自分の小説のキャラクターが出てきたよ。
リューズとイェズラムだったよ。
別にストーリー性はなく、ただ出てきただけで、日常生活の話と混線していたよ。
子供をプールに連れて行く約束になっているんですが、その準備をしないとなーと思いながら寝たのがアレだったのか、ヒラパーのザ・ブーンみたいなプールで、イェズラム様に「スイミング・キャップを荷物に入れ忘れるな」と指摘されたよ。
そうだよ忘れてた! ありがとう教えてくれて!
でも、なんでデンデンがヒラパーに( ;´Д`)?

ヒラパーのプールに行くわけではないんですが、ヒラパー兄さんを探すCMが気になるせいでしょうか。あれはヒラパー兄さん本当に何処かにいるの?
リューズ様は、流れるプールで浮き輪に乗って流れてました。水着だったかどうかは夢だからわかんない。あの人、泳げるの? 泳げないんじゃないの? でもすごくご機嫌そうでした。

私は基本、自分の作品の夢って見ないのですが、稀には見ることがあります。普通は、右脳先生がノリノリの時なんだけど、今はノリノリじゃないのに不思議だね。恥かしい話だよ。
びっくりして目が覚めました。(そしてスイミング・キャップを荷物に入れたあと、眠れないので寝床でこれを書いている)

小説って、自分の空想や、見た夢を、他人と共有する手段という側面があると思うけど。
共有することに意味があんのかわからないけど。
書くと共有できることもあるから、楽しいね。フィクションて、楽しいなということは、思い出しました。今夜の夢で。

「イェズラム、焼きそば買ってこいよ!」って、浮き輪に乗って流れてる人が笑いながら言ってた。少し夢が壊れた。これも恥ずかしさへの挑戦なのだろうか、右脳先生。
方向性間違ってないか。
かっこ良いものでいいんですよ先生。
でもとにかく、脳みそに妄想する余力が戻ってきたのは嬉しいことです。
あとは背景セットをさ、ザ・ブーンじゃないのに変えようか。ね。

リハビリでヒラパーの箱庭時空書くかと思ったけど、恥ずかしくて無理なような。
弱い子になった、かおる!
そんなことでどうするの!!

とりあえず寝ます。これブログに書くのやめてよって思うけど、恥かしいので書きました。
でもそういう自分の追い込み方で本当に合ってるの?

まあいいか……( ;´Д`)

2012年8月2日木曜日

一個前の記事

前記事、送信したそばから、痛さに震えています。人前で悩むなよ( ;´Д`)

うちの壊れていたエアコンは修理が完了しました。隣室のもう一台のエアコンが稼働していたので、暑さには特に参らなかったんですが、暑さに怒るオカンの毒舌に参ったので、直って嬉しいです。
うちの毒舌キャラを培ったのは、間違いなく、うちのオカンと思います。リアルだと面白くはないです。

evernoteの課金を払ってみようかなあと思い始めています。posteverは、600円と、アプリにしては高い部類な割に、ライト版で使用感や便利さが実感できたので、憂いなく有料版を購入しました。
iPhoneでレシートを撮影してevernoteにUPして紙の方は捨てるっていうのをやってみたんですが、これは片付くのでいいなあ。

iTextというエディタのアプリが、evernoteとデータのやり取りができて、縦書き表示やルビの表示もできて原稿の確認には便利なので、書きかけの原稿をevernoteにUPしておこうと思います。
iPhoneで小説を書くのは私には難しいんだけど、練習しないとなあ。
小品からなら書けるんじゃないかと。

evernoteのデータをEPUBに自動変換するアプリがあるんですが、小説書くのに使っている人はいるのかな。文字化けしてしまうというレビューも載ってて、なんとなく様子見してしまっています。
便利そうだけどなあ。

大学ノート

娘と用事で高島屋京都店に出かけていて、たまたま通りかかった催事スペースで、エコ100選というエコロジーのイベントが開催されていました。
そこで、使用済みペットボトルを加工して、プランターをつくる無料ワークショップがちょうど始まっていて、娘がやりたがったので、時間調整のためにも都合がよく、参加することに。
ペットボトルにシールを好きなだけ貼ってデコるという、女児にはパラダイスな内容だった上、ラベンダーの苗も貰えて、さらにアンケートに回答すると、KOKUYOのキャンパスノートと、スティック糊と、テディベアの縫いぐるみが貰えました。
なんか申し訳ない気がした……。スポンサー様すごいな。ありがとうございます。

そこのエコお化け屋敷ってコーナーで、比叡山お化け屋敷の妖怪も展示されてるとのことで、見たい気がしましたが、折悪しく、入る直前に幼児の泣き叫ぶ声が中から激しく聞こえ、人一倍臆病者の娘が「むりだね((((;゚Д゚)))))))!」と断言したので、無理ということに。
どんなだったのか、比叡山の妖怪。

そんなこんなで、我が子が生まれて初めて手に入れる事になった大学ノートが、KOKUYOのキャンパスノートです。
懐かしいなあ、これ。
懐かしいといっても、プリントを貼り付けやすいサイズとトンボ入りの新製品のやつで、とても新しいんですが、キャンパスノートって私が子供の頃からあるので、新しくても懐かしいです。

そういえば昔はこれに小説を書いてたんだよ。シャーペンでさ。漫画を描いてる子もいたよ。罫線なんて、ものともせずにだよ。書きたい盛りだったね……。
今思い出すと何だか恥ずかしいっちゅうか、「中2だった」感に目眩がします。
パソコンで書いてたって別に状況は同じなんですが。(そして今も心は中2なんだが)

今の中2の子も、ノートに小説を手書きなんてするのかな? しないのかなあ。

キャンパスノートって、いろいろ甘くほろ苦い、青春のノートです。私にとっては。
職場では、PC化が完全に浸透していて、ノートを仕事に使うって場面はなかったので、私にとってキャンパスノートは中学高校時代のイメージです。

大学の時は、先生の指定で、三穴タイプのルーズリーフかリーガルパッドという欧米文具しか使ってはいけないことになっていて、取り扱っている店まで買いにいかねばならず、手間もコストかかって迷惑だった……。なんだったんだろう、あれは一体。
でも、今でも、三穴ルーズリーフやリーガルパッドを見ると、学生時代を思い出して懐かしいです。それはそれで面白いことだよね。
三都・神戸編にリーガルパッドが出てくるシーンがありますが。(イエローパッドともいう。作中では黄色い紙だというのをイメージしてもらうために、リーガルパッドではなくイエローパッドと書いてた) あれも懐かしいから登場させただけで、深い意味はないんです。

カルテットに登場する紙は、羊皮紙ではなく、植物パルプの紙なんだけど、それについてもっと書き込んでもよかったよね。100人中99人には、どうでもいい無駄な描写だけど、私が書きたいのであれば。

紙は、あの世界では貴重品という設定で、輸入品でもあるので、実家が貿易で儲けているイルスが一番たくさん紙を持ってきているんです。
大昔、大学ノートに書いてた時代の原稿には、イルスの机に新品の紙がどさっと積んであるのを、スィグルがじーっと見ているシーンがあって、「お前の親父は商売がうまい云々」という話しをイルスにしていたんだけど、ネットで書くときに削ったんです。
スィグルは紙が高級品だということを知っているけど、イルスは知らないし、剣術がすごいと思っていた父親が、実は軍人というよりビジネスマンだという事実に、そのへんで初めて気づくわけ。イルスは親父が政敵の首を広間で撥ねるとか、もとは剣奴隷だったという部分だけを重く見ていて、強い男なんだというのに内心執着しているわけですが、現実にはヘンリックは経済政策の成功によって地位を保っている人物として描いていくキャラクターなのです。
初対面のスィグルに、お前の親父は商売が上手いよねという話をされると、イルスは自分が漠然と抱いてきた父親のイメージとのギャップに一瞬ポカンとするんだけど、無口だし何もコメントできず、ただじっと紙を見るだけという、ものすご地味すぎるシーンで。確かに面白くはないのかもしれないが、キャッチーでないという理由で昔の自分に削られてしまい少々悲しいです。
イルスは初対面のスィグルのことは、エキセントリックだけど頭は切れる奴、と思っているはず。年も一歳下だけど、自分より賢いんだと感じていて、実際そうなんだけど、イルスのほうが人間ができているし、日常生活の常識はあるんだよね。
イルスは自分が知らない世間のことを、スィグルから学ぶんだけど、スィグルもここで初めて知る当たり前のことをいろいろイルスの言動から学んで、カルチャーショックを受けてるはずです。
シュレーやシェルは文化が違うなりに、生活環境がアレなので、予想できる範囲だろうけど、イルスは六畳くらいの部屋で寝起きして、自炊してたような庶民だからね、スィグルには唖然とするようなことも本当はあっただろうと思うよ。学院編の序盤はイルスの視点から「スィグルが変だ」という話が語られるけど、スィグルも十分「イルスは変だ」と思ってたんじゃないかな。いきなりタメ口の本音トークとか、宮廷育ちのレイラス殿下にはドン引きだよね。でもその裏表の無さや、ストレートさが、新鮮で良かったというか、いい奴だなと思ったんでしょう。

シュレーやシェルがイルスを初対面から気に入っているのも、たぶんイルスが正直者でアホだからだと思うんだけど。性格のシンプルさとかに度肝を抜かれるし、癒されるんじゃないのかな。
特に猊下はあんな怪物だらけみたいなところから来てるんだし、イルスに会うと、こんな生き物がこの世にいるの!? ぐらいにカルチャーショックだったかもしれない。

「お前、いい奴だな」ということに皆が驚く学院編の序盤。イルスは実家から持たされたノートをアホほど持っているけど、筆まめなシュレーは実は貧乏なのでノートも買えないような境遇なんです。それでも嫁に手紙を描いてるんだから、彼もちょっと崖っぷちだよね。そういう人がいる横で、ノートをアホほど持っているイルス。
必要があれば、イルスは紙くらい、いくらでも分けてくれるでしょうが、そういうことには鈍いから気がつかないだろうし、彼はそもそも字を書かないんです。読み書きはできるけど、する習慣がないのね。授業中もイルスはノートをとらないんだよ。
シュレーはそういうのにビックリするんだけど、そのへんの他愛もない話が延々と続くカルテットでよかったのかもしれないなという気が最近ではします。むしろその方が良かったか。模擬戦闘も悪くはないけど。もうちょっと後でも良かったな。
若いといろいろ書き急ぐものです。
話のバランスが悪いとか、そういうのも気になったのだろうし。「上手く」書きたかったんだろうな。見栄とかで。

大学ノートに書いていたころには、友達がその眠い内容の話を根気よく読んでくれていて、この話は面白いよって言ってくれたんです。
登場人物が延々と飯食いながら雑談してるだけみたいなのでもさ。
私は一体なにを書きたかったんだろう。
胸踊る戦闘シーンも、ごはん食いながらシェルがチーズの話をするのも、自分の中では同じ比重だったかもしれません。人に読ませるんだと思わなければ、私はスィグルが「蛇が脱皮するときって、どういう気分なんだろう」って暖炉前でイルスと話してるシーンを延々何ページにもわたって書いたり平気でやるんですが、そういうのはやっぱダルイなと思って、決定稿には入れちゃいかんのだと思っているんです。
でも、そもそもそれが間違ってんのじゃないかと、カルテットについては思う。よくわからないですが。

また大学ノートと向き合ってみるほうがいいのかもなあ。ネットで手軽に人に読んでもらえるので、「読まれる」ことに特化しすぎて、自分はどう書きたいのかっていうのが、あまり掘り下げられてないような反省もあります。
迷走してるなあ。
人のために書いている、みたいになると、なんだかつまらないですよね。
無責任というか。
「あなたが読みたいものを書いているんです」とか作者に言われても、「じゃあ、あなたの書きたいものはどこにあるの?」って読者さんは思うんじゃないかな。それだと主体性がない作品だ。

聞いてくれる人がいるから語る、んではなく、語るから聞いてもらえる、というのが、ストーリーテリングの本当のところだよなあと思うので。
まず語るのが先にないと。

でも近年の私は、読んでくれる人がいるから書きたいと思っている気がします。それじゃだめなんじゃないかなあ。だから意欲が薄いのでは。

書きたいものがあって、書いてある作品は、拙くても、誰かが読んでくれるものですよね。昔、ノートに手書きしたのを読んでくれた友達がいたみたいに。
そういうものだと信じる勇気が必要な気がするね。書く人には。

ま、それで結果ダメだったとしても、仕方ないのだし。

いろいろ考えて頑張ります。
(いつもより多めに意味不明の記事でした。すんません)