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2012年3月18日日曜日

萌芽

自分の書いた新しい原稿を読みたいなと思う。そういうのは「書きたいな」というのとは少し違う感覚なのだけど、結果的には同じかもしれない。書かないと読めないわけだから。

新作の萌芽が頭の中であると、それを書かれた物として読むためには、自分で書くしかない。

書くのは大変な作業なので、誰かが代わりに書いてくれればと思うが、自分で書かなきゃ、自分の読みたい作品にはならないのだ。

今、書きたいなと思っているのは、緑滴る春の森、たぶん、書きかけで放ってあるシェルの番外編「西南回廊の開放」だろうと思う。

あれを書こうが書くまいが、どっちでもいいような気はするが、書きたいなら書けばいいとも思う。
執筆の意欲というのは、重い玉を転がすようなもので、最初が一番重い。初めに書くものは、書きたい物がいい。それで執筆の気分に立ち返れば、あとは転がり始めたのを止めない限り、筆は走り続ける。経験的には、ずっとそうなのだ。

呼び水になる作品は何でもいい。書きたい物なら。

「西南回廊の開放」はシェルが故郷にいる時の話で、学院に人質として旅立つよりも前の話なのだが、学院編ではちょっと痛い、ヘタレで甘い不思議ちゃんみたいなシェル・マイオスが、故郷の森では確かに稀有な力を持っていたというような話であり、彼には彼の部族なりの、支配者の器があるという話かもしれない。
要約すると、シェルは人の気持ちが分かる子だというだけの話なのだが。

私は子供の頃からずっと書いている、シェル・マイオスというキャラクターがずっと苦手で、掴みづらかった。あらすじ上の役割や、キャラクター性などは、他のキャラクターと同程度に決めてあるし、シェルは私の親友の子供の頃の様子が着想の源にあり、言わば現実のモデルがいるわけで、書きやすいはずだった。
でも、なぜかずっと書きにくかったのだ。何か足りないような感じがして。
やっとまともに書けた気がしたのは、「ギュスタールとイアンカリスの婚姻」の時のシェルだが、あれも、とっかかりを掴んだだけという気がする。もうちょっと習作を重ねて、自分の中での、あの人物を書く技巧を完成させないと。

最近になってシェルが書けるようになってきた理由は、たぶん私が子供を育てるようになったからだと思う。
シェルはちょっと不思議なところのある人物でないといけないのだが、モデルにしていた私の親友には、不思議なところは無いのだ。天然な人なので、マジボケは面白いのだが、シェルはマジボケな人ではなくて、不思議な人でないと、物語上困る。
誰もが子供の頃に持っている力を、大人になってもずっと持っているような人なのだ。
シェル・マイオスは優しくて、人の気持ちが分かる。既成の概念に囚われない。いつも希望を持っていて、天真爛漫で、馬鹿のようにも見えるが、実はとても明晰な人物である。
何もわかってないようでいて、全部分かった上で、天真爛漫なのが、彼の良いところであり、キャラクターとしての力なのだが。
それは良い意味での、子供っぽさだと、子供を見ていると思う。
シェルを書くには、素体である私の親友の子供の頃に、うちのムスメや近所のちびっ子を混ぜて、なんやかんやすればいいというのが、最近分かってきて、ああ、これは書けそうだぞ、と思ったのだ。説明になってないが。

そのように、執筆の勘所は、時々理屈でなく掴めたり、分からなくなったりする。分かったような気がした時に、習作を残しておくと、後でそれを読み返すことで、執筆の勘所を思い出すこともできるので便利だ。

執筆の勘所って、何か言葉では説明できない、名状し難い気分であって、行間の空気みたいな物だろうと思う。それそのものをメモして残す事はできないので、その空気を行間にとじこめた習作を書くしかない。絵でもいいけど、あいにく私は絵が下手なので、コンセプトアートの代わりに、習作を書くしかない。
不自由だけど、文章で絵を書いているのだと思う。

「西南回廊の開放」はシェルが老女を看取る話だ。人が滅多に死なない、うちの作品群の中では、珍しく、死を書く話なので重いが、情景としては、花咲き乱れる春の森で、「ギュスタールとイアンカリスの婚姻」から続く、とてもロマンティックな画面である。
春の新緑の中で老婆が死ぬという話で、たぶん世代交代を描く話だろう。

自分でも、書かないと分からない物があって、創作は不思議だ。
それだけ私の作品認識が弱いということなのだが、実際、書かなきゃわかんないんだから、それはもう、どうしようもない。
書いて分かるのなら、ただ書けばいいと思う。

2012年3月16日金曜日

ヨーグルト

いただいたコメントに返信するために、旧・脳ログの記事を漁っていて、自分が「イェズラムがヨーグルトを食べるのは萌えキャラ的にゆるせない」と書いているのをチラ見してしまい、今は何とも思わないので、当時どういう心境だったんだアタシはと、少々引きました。
トルコ料理とかだと、オッサンでもヨーグルト食べるじゃん。たぶんブルガリアのおじいちゃんとかも毎日食べてるよ。納豆みたいなもんなんだよ、ヨーグルトは。
しっかりしろ自分! と思いました。

そういうの大好きなので、自作の世界の食文化はどんなもんかというのは、必要以上に楽しく考えるんですが、皆さんはそういうの好きですか。

黒エルフって、牛飼ってるんだし、(砂牛という架空の生物が出てきます)乳製品は普通に食卓に上るんじゃないのかな。砂牛がじつは哺乳類じゃないとかいう意外オチでなければ。
そんな必要はないので、ストレートに哺乳類で、砂牛のお母さんはミルクを出すと思います。レイラス殿下もチーズとかヨーグルトとか食べて育ったんだと思うよ。
でも、基本的に、宮廷では箸で食べているっぽい文化なので、どういう料理なんでしょうね。割と見当がつかない。
飛鳥時代の蘇(そ)のようなものを食べているのかな。

私は酪農には全く詳しくないですが、牛って、飼うと相当な量のミルクを出すもののようです。毎日たくさんのミルクが生産されるわけで、それを加工して保存しつづけないといけないし、日々、相当量の消費もしないといけない。なりゆき、食卓は潤沢な乳製品であふれることになりそうです。

イェズラムがヨーグルト嫌いってことはありえないはずだ。むしろ「ヨーグルトちゃんと食え!」って説教する兄ちゃんなはずだ。たぶん、乳製品は麦と並んで、黒エルフの食文化の基盤なのです。ヨーグルト残すと、どつかれるんだよ、きっと。

麦を牛乳で煮込んだオートミールのようなものも、食べているかもしれません。
そうなると、それは箸では食べにくいが、日本人がお粥を食べる時のように、椀に入れたものを、啜って食べるのだろうかなあ。それともスプーンを使うのだろうか。
もし食文化に麺類があるなら、啜るのもOKかもしれませんが。

まあ、どうでもいいか(^_^;)?

とはいえ異世界ファンタジーには、土台となる生活文化の設定も、重要なんでありますが。そこらへんテキトーなまま、テキトーにその場のノリで書いているような気がしなくもなく。

昔から一番困るのが、森エルフの人たちで、彼らは耕作をしていないっぽいのです。森を開墾することをタブーとしているせいです。
何食って生きてるんだ、シェル。
もしかすると狩猟採集民なのですよね、森エルフは。
でもまあ、現実の森とちがって、「バナナとりんごの成る木」みたいな無茶が可能な世界なので、高効率の栄養源となる収穫物が複数あって、案外多くの人口を養える風土があるのだということでもいいんですが。

番外編「ギュスタールとイアンカリスの婚姻」を書いた時には、シェルは実家で朝起きて、そこらへんの木の実を採って食べているんですよね。それを「朝食代わりにした」と書いたので、いつもそうということではないけど、たぶん普段も大差ないものを食べているんだろうな。枝から採ってきたものを、食卓に盛って食べるか、木のそばで直に食べてしまうか程度の違いしかないのではないかなあ。
かなり乏しいというか、過不足のない食料を、あるときだけ食べている民族のような気がします。そのままで備蓄できるものは、多少、蓄えるのだろうけど。通年、手を伸ばせば取れるところに、なにかしら実っているような世界なのか。
もし、そういう世界だとしたら、シェルはたぶん、大食しないように躾けられるはずなので、そのせいでシュレーに「採ってきたものは全部食べろ」って言うのかな。
狩猟について、可哀想だから採って食うなとは、シェルは言わないと思うんですよね。採って食わないと仕方ないんだから。でも、まだ食べるものがあるのに、新しいのを採ってくるのは、先々の死活問題につながるので、森では危険視されるだろうと思うのです。
森エルフってきっとみんな、ほっそり痩せているんだろうな。太ってるといけないんだろうと思うんだ。太るというのは、必要以上に食べてるということだから、限られた食料を公平に分配している世界では、「それはちょっとどうなの」という目で見られるのではないのかな。他人の分まで食ったということを意味するのですからね。

シェル……。食料豊富な学院生活で太ったりしないよな。
あんな、のんびりしてそうな子だが、ちょっと太ったからオヤツは控えようとか思う、ただ一人の人かもしれない。神様今日は美味しくてカップケーキを三個も食べてしまいました、済みません済みませんとか泣きながら謝ってたりするのか。そして翌日は罪滅ぼしに絶食してマイ庭園の手入れに励んだりすんのか。
本人の文化的には筋が通っていても、傍目には不思議ちゃんでしかないな。
そしてお茶の時間になると、シュレーに「俺の焼いたケーキが食えねえのか」ってオヤツ・ハラスメントされるんだな。
インドア派のシェル・マイオス(本ばかり読んでいる)と違って、運動量の多いシュレーやイルスはどんだけ食っても腹が減るし、食べても太りはしないんだよ。きっと。
(※スィグル・レイラスは美少年チートにより、どれだけ食っても太りません)
「お前も走ればいいよ」って、体育会系イルスに爽やかに言われればいいと思います。
そして晩ご飯は大盛りカレーです。(この世界にカレーはあるのか)

「みんな、食べ過ぎです」って、シェルはいつも言うのかなあ。

ごはんを残す能力のある人は、スィグルだけだと思うなあ。宮廷料理は完食しないものだからさ。ごはんを残すことがステイタス・シンボルなのだと思うけど。残さず全部食らうのは、実はレイラスにとっては、はしたないことなんじゃないのかな。でもたぶん全部食うけど。残すとお腹が空くし。でも時々反省して、わざとごはんを残してみたりするのだな。「僕はもっと王族らしく振る舞うべきだった、ガツガツ全部食うなんて恥だ」とか思って。ほんで残すとシェル・マイオスが「残さないで全部食べないと(略)」とか言い、シュレーに「俺の作った飯が食えねえのか」ってゴハン・ハラスメントされるんだ。

あの四人で飯を食うというのは、案外面白いことなのだと思うなあ。
でもそんな、ごはん食うだけのファンタジーってなあ。まあ、企画物なら(^_^;)?

四部族の均衡は学院の食卓から生まれるっちゅう話よ。

って、ね、私、前回の記事の後半がかなり妄想垂れ流しすぎたんで、昨夜は反省したんですよ。「あー書かなきゃよかった(ゴロンゴロン)」とか一応思ったんですが。
また書いてるよね。そういう病気なんだよね?
もう、しょうがないか。すみません、独り言です。独り言なんです!! 見逃して!
というか、それを小説で書けば恥ずかしくないというのは、どういうことなんや。

2012年3月15日木曜日

乙女堂へようこそ

メインのメールアドレスとしてGmailを使用しています。
届かないメールがあったので、迷惑メールフォルダを見たら、そこにあったんですが、その他に、Mail Dwarfが送ってきた、メールフォームからのメッセージが何件も入っているのを見つけ、ギャーッてなりました……orz

ちょ、Googleさんよ……!
い、いえ、いつもお世話になっております……。

幸い、乙女堂へのパスワード請求メールでした。
これはMailDwarfに自動返信を設定しているものなので、肝心のパスワードは、お送りできているものと思います。
いただいたコメントにも、基本的にお返事していません。
こういうものは、機械的なほうがパスワード請求しやすいという意見を、開設当初に聞いたので、そういうふうにしているのです。
しかし勿論、毎回ありがたく読ませてはいただいておりまして、私の励みだったのに……Googleさんよ……。

でも心配ない。MailDwarfは優れたツールです。サーバーに、送信していただいたメッセージのログが残っています。そちらでちゃんと確認できました。

乙女堂は、今現在、完全に停止しております。ブログの更新すらありません。
ただのログ倉庫になっています。余裕がなくて、そっちまで手が回らないというのが正直なところです。なにせ本館さえ休止中なものですから。
でも、やめたいという事ではないので、しばらく放置ですが、このままあります。

しかし何書いていいか分かんなくなったというのも、ありまして。
これ多分、期待に応えられてないなというのは実感としてあるんだけど、じゃあ具体的にどうするといいのかなっていうのが、自分ではピンと来ないんですよね。
いろいろ修行が足りません。

でも、何か、乙女堂に限らずですが、今回いただいていたメッセージ等を読ませていただいていると、「椎堂さん、とにかく何でもいいから何か書いたら?」というのが、皆様のご意見というか励ましとしてありまして、そうだな、とにかく何でもいいから何か書いたらいいな、と思いました。


最近ちょっと親ばか汁に脳を冒されすぎてて、オカン・スイッチがオフになる瞬間がほとんどありません。「娘が娘が娘が可愛い可愛い」とかいう信号がひたすら脳内を流れています。それはそれで、良いことなんでしょうけど、常にそれっていうのも、なんか怖いよね。

私、何年か前に突然山ほどの原稿を書いていましたが、あの時期も勿論、育児中でした。今より忙しかったと思います。あの頃に比べたら今は暇だなという気もします。
でもまあ、忙しかっただけに、ストレスも解消したかったのかもしれません。
それもありますが、当時やっと人語を話しだした、ようせいのしまから来た、違いの分かる幼児と会話していて、うちの夫はカテゴリーとして絵描きなのですが、パパはお絵かきをする人だけど、ママはなにをする人なの? と、突然尋ねられたのです。
その時、「ママはあなたのお母さんでしょ」みたいな事を軽く答えたと思うんですが、娘が
「それだけ?」
って、お前にはほんとに失望したよみたいに言いやがるんですよ。
その時に、もう、なんかしらんけど、すごく衝撃を受けたんですね。
そして思い出したんです。「そういえば、私は小説を書く人やないか!!」と。
それくらいしか無いなというふうに思ったのです。それしか能のない人間が、それをやらないで、どうしようっていうのかなと。
たぶんその一両日中くらいに、「紫煙蝶」を一気に書いたんだったと思います。
なんだか良くわからない理由によって右脳への扉が開いたんだね……(^_^;)
自分の中に、普段の生活では全く使わないインナーワールドが、消えずに相変わらずあるのだなというのを感じたのです。

それは別に、一切表現せずに、自分の中にしまったままでも、幸せには生きていけると思います。そのことを思い出さなければ。
実際、私も、子供に「それだけ?」って言われなければ、忘れたままだったかもしれません。だってお母さんだし。育児や家事を一生懸命やるほうが偉いんだし。24時間体制でお母さんなほうが偉いっぽくね? 頑張るってそういうことじゃね? 育児は滅私奉公ということじゃ?

それはそれで偉いんでしょうけども。
でもまあ、必ずしも、そういう事でもないかもしれないですね。


「紫煙蝶」の最後のほうで、ジェレフの死を悼むエル・メッシナという少女が、

「私も欲しいの、自分の英雄譚《ダージ》が。なんでもいい、英雄らしい物語じゃなくても。自分が生まれてきたことに、意味があったと思えるような何か」
という話を、めそめそ泣きながらイルスに話しますが、書きながら、ああ、まあ、そういうことやなと思いました。
私もたぶん書きたかったのです。英雄らしい物語じゃなくても。自分にしか書けないような自分のための英雄譚を。
上手くて面白くて、ためになる物語は、私ではない誰かが書いてくれるでしょう。
こういう言い方はよくないかもしれませんが、面白い、良い作品を書こうというんではないんです。ただもう自分の中から垂れ流されてくるものを書き留めたようなのでもいい。誰が読んでどう思うかとか、そういうことは関係なくて、思いついたものを、ただ書きたいということでした。

それはとても楽しい作業です。
まして読んだ人にもそこそこ面白いと言ってもらえるというなら。

しかし育児というのも楽しくやりがいのある仕事で、育ちゆく我が子を見るにつけ、自分のような人間がやってのけられるなかに、この子が世に生まれでる手助けをするよりも、優れた仕事があるだろうかという気もします。子供を育てて、それが終わったときに、自分にはなにも残らなくても、それはまあ、それでいいかなみたいな。それはそれで十分、満足できる人生のようなね。

でもそれじゃあ人として、つまんないのかな、という。

今は、その二つの気分のせめぎあいです。

小説を書くというのは、自己表現したいという欲が必要な作業なのだと思います。
多少なりと、俺が俺がという貪欲さがないと、いいものなんか書けないんじゃないかな。
私にいま足りないのは、その欲ではないかと思います。
自分にしか書けない自分の物語を、この俺様が書き著してくれようぞという、ちょっとバカかみたいな、そういう意気ではないかと。

優しい読者さんからのコメントを見ていると、時折、皆さん、「椎堂さん、あなたにしか書けない物語がある。私はそれが好きだ」というような事をささやきかけてくれます。ありがたいことです。
私もですが、書く人は、極力それを真に受けるべきと思います。
自分がいかにしょーもない人かということは、本人が誰よりもよく知っているものですが、そう思っていては、たぶん小説なんて書けやしないのです。
いい気にならなきゃだめなのよね。

私は今ちょっと己の分を知りすぎてると思います。
そんな無駄な悟りなどひらかずに、元通りのバカになって、また書いたらいいと思います。

それにしても、今見ても思うけど、「紫煙蝶」のラストで、イルスはメッシナちゃんを口説いてもよかったんじゃないのかな?
書いていた時、なんだかイルスはすごく、あの娘に気があるような感じがしたのです。
でも、なんにも言わないのね。ちょっと意気地がないんじゃない?
それともあの後、気晴らしにどこか行く? とか誘ったのでしょうか? どうなの?
誘ってもいいと思うよ。そんなことをしている場合ではなかったか?
でも、お前ももう18歳ぐらいなんだろ。もうちょっとガツガツしろよって。
いろいろ心配になります。彼は、この物語を最初に書きはじめたころ、私よりずっと年上のお兄さんでしたが、今では息子のようなものです。おとなしくて引っ込み思案のイルスが、モテないっぽくて心配です。
うちの子にしたいランキングだったら、あの四人の中ではシュレーかな。なんかほっといても平気そうだしラクそうだから(^_^;) でもそういう子に限って、とつぜん世界征服を目論んだりして、一番ハラハラされられたってオチなのかもしれません。
昔は、リューズ・スィノニムの親ばかっぷりが異常と思っていたけど、今は、「あれっ、割とふつうじゃね(・∀・)?」って思います。
私も遠くの寄宿学校に子供を送り込むのなら、仲良くできそうな子と同室になってくれるといいなと思います。うんうん。思う。でも、思うけど、だからって学校に電話して「うちの子を○○くんと同室にしてくれなかったら火つけてやる」みたいな事はさすがにできない。異常すぎて。
リューズはやっぱ異常な親なんだな。でも父上はあれでいいと思うよ。フィクションなんだし、実在の人物じゃないから。
実在してたら保護者会で輝けると思うよ……。
そう考えると、序盤の族長会議で会ったヘンリックとリューズの会話は、入学説明会に呼ばれて来た親っぽいよね。そう思って、振り返ると、あのヘンリックは普通の人すぎてびっくりするよ。
親もいろんな人いるよね……。そんな新視点も加味されてしまったので、ずっと前からリテイクしたいと思っている、族長会議の章が、ただの保護者会になりそうで心配です。
リテイクして、序盤で、シュレーの叔父さん、ハルペグ・オルロイと、シェルのママを登場させようかと思っているんですが、どうしたもんかなあ。出だしで、序盤にはあまり登場しないキャラクターが四人も出てくるというのは、構成的にイケてないし、うーんうーんと思って止まっています。

そういえば、トルレッキオ学院の制服って、みんなは、いつ買ったんだろうね?
時代背景的に、いちいち仕立ててると思うんだけども。いつ採寸とかしたの?
改めて考えると、「不思議だね」っていうところが、大小すごく沢山あります。
最初、到着したばかりのイルスは、まだ制服持ってないほうが、リアルだったかもしれないよね。初対面のときのスィグルが、僕は部屋では民族衣装を着るからキーッみたいな話をわざわざしていたのは、学院の仕立て屋に自分用の制服を縫ってもらったばかりで、なにこの変な服と思って欝だったのかもしれないです。だって、元々、嫌々通う学校の制服が、例えば、かぼちゃパンツだったとかいうことになったら、そりゃ誰だってキレるよね。設定では、黒エルフは裾の長い服しか着ない民族だけど、トル学の制服はチュニック丈だから。殿下は実は足を出すのが恥ずかしかったのではないのか。生足じゃないけどさ。足のラインが出るのが「なにこれ!?」だったのかもしれないよ。行ってみたら制服がミニスカだったみたいなね……(どうでもいい新視点)
あれ、でも、そういう意味では、シュレーも裾長い服しか着たことないはずだけど、その割にはミニスカ制服に平気で耐えているよね。シェルも全然平気だったっぽい。あいつらおかしいよね。

そのへんの細かいところ、実は考えたことがないんですよね。私が中学生で草案を書いた時には、「学校なんだから制服あるだろ」的な、イージーな発想で書いていたと思うんだよ。
でも、今にして思うと、学校の制服とか学用品て、入学事前に、親が学校から連絡もらったり、説明会に行ったりして、リストをもらって、買い揃えたり作ったりしているんだよね。子供はまだ自分では用意できないのだからさ。そのへん本人たちが全然意識していないというのは、リアルでいいと思うけど、でも、そのあたりの経緯を念頭に書いてもよかったよね。

ということを、リアルで自分の子が小学校に持っていく「数え棒」っていう、太い竹串程度のプラスティックの棒100本に、1本づつ名前を書かないといけないとかいうのに直面して、初めて思いました。あと、体操服にアイロンプリントしないといけない校章も、どっちが上だかわからないという困難に直面しています。
ケータイのメールで先輩ママ友に聞けばすむ現代でも、けっこう困るのに、あんな中世みたいな世界で子供の学用品を不足なく揃えて送り出すというのは、相当に難しいことだと思うので、リューズが必要でもない訳のわからないものを、山ほど子供に持って行かせるのは仕方のないことだという気がする。そのくせ、肝心な、必要なものが無かったりするんだろうな。
持ち物に油性マジックで名前は書いていないと思うけど、だからその代わりに紋章とかがあんのかって、納得もしました。幼稚園の入園のときに、持ち物に「じぶんマーク」っていう目印をつけるんだけど、あれと原理的には同じだよね。紋章。
レイラスの学用品にはぜんぶ、ハチさんのマークがついてるんだな……。

学校ぐらい、私だって通ったことあるし。
と思っていたけど、実際自分でいろいろ経験するまで、私は「学校に行く」ということの全体像を見てはいなかったな、などと思います。
でも、見ていなかったからこそ書けるものでもあったかもしれないし。
今書くと、ぜんぜん違うものになったかもしれないですね。

あれ。なんだか久々に、「だから何?」みたいなことを延々書いてしまいましたが、脳ログ調子戻ってきたんじゃね?
訳が分からん長話ですみません。このへんでブチッと終了しよう。
では皆様また次回。