2012年9月11日火曜日

妊娠後期と、笑うとき手を叩く人々

妊娠後期です。妊娠は病気ではありませんが、たいへん苦しいです。なにしろお腹の中に小さいとはいえ人間が一人入っていて、勝手に動いたりしますもんで。胃腸にも心肺にも負担がかかります。
しかし、かといって、耐えられないほどの苦しさではないです。時として堪え難いが、結局は耐えられる範囲の苦しさです。
うまくできてるなと思います。
こういうところから人間は忍耐強さを学ぶのかもしれませんが、学べるかは自分次第です。

カルテットのアルミナの章に、グロリアという妊娠後期の女性が出てきますが、なんだかヒステリックなオバちゃんです。元々ちょっとそういう性格の人なのかもしれませんが、彼女はたぶん、腹が重くて苦しいんです。それでイライラしているんです。アルミナにイライラしてる訳ではないんだと思います。
そういう気持ちが分かる妊娠後期の作者です。
後々、グロリアが出産するエピソードが出てくる予定です。十年前の私が書きあぐねたものも、今の私には多少の自信を持って書けるでしょう。
妊娠や出産は十人十色で、みんな違います。私の経験とグロリアの話は全然違うものですが、経産婦の気概というのは何となく相通ずるものがあるのではないかと思います。

少女時代にこの話を考えた頃、神聖神殿の女性たちの、子供を産むためだけに存在するような、あの境遇を、私は一種の「ドン底」として設定したのだと思うんですが、今はまた、もう少し違うものとして見ています。
アルミナはまだ少女なので、少女の頃の私のように考えるかもしれません。でも、グロリアとか、アイネとか、彼女を取り巻く経産婦たちの考えている事が、以前の私には実感をもっては想像しづらく、書いても何となく心配になりました。
あの部屋の窓辺に座っているおばあさんの気持ちは、想像はできても、突き詰めると今もわかりません。

私の父方の祖母は、五人の子供を産み、六度目の出産の時に亡くなりました。双子を妊娠していて、今でいうハイリスク出産だったわけで、その当時の分娩状況では、祖母はリスクに勝てなかったのです。
祖母はどういう人物だったのか、私は知りません。
でも、今は特に、六度も分娩にトライした女というだけで尊敬できます。当時的には当たり前の偉業だったかもしれませんが、いざ自分でやってみれば、その大変さが実感をもって分かるってもんです。とても大変です。
祖母は気の毒だと子供の頃は思っていましたが、ただ単に気の毒なだけの人とは、今は思いません。うまく言えないけど、小説ではうまく言えるように頑張りたいものです。

小説を書くのに、実感が必要かっていうと、必ずしもそうとは言えない微妙なところなんですが、実感があるならあるなりの何かはあるんじゃないかと思います。
たぶん自己満足の部類ですけどね。


話は変わりますが、Web拍手にコメントいただきました。ありがとうございます。

「関西の方は、マクドナルドを、マックでなくて、マクドという、と聞いたことがありましたが、ケンタッキーもケンタなのですねぇ。」

……ケンタッキー・フライドチキンはケンタですよね!?
そんな基本的なところで動揺しました。
日々、深く考えず当たり前に言っていたので、急に深く考えて分からなくなり、アワアワアワってなりました。
思わずググりました。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0807/11/news068.html
関西では略さないって書いてあるよ((((;゚Д゚)))))))!
えっ、そんなことないよ!
私の友達はみんなケンタって呼んでるよ。呼んで……る、と思うんですが、自信を失いました。
関西人のみなさん。どうなんですか!

マクドナルドはマクドです。

そのマクドですが。
この前、同窓生の友人たちとスタバとマクドをハシゴして喋りまくった日がありました。よう喋るオバちゃんたちです。
マクドで隣合わせたのは、大学生くらいの男女7、8人くらいのグループさんでした。
楽しそうに談笑しておられます。
盛り上がっていて声がデカいです。それはいいんです。元気でいいんだけど。
何故か、笑う時に全員が手を叩くんです。関西人に多いタイプかもですが、笑う時に拍手する癖のある人っていますよね。そのグループの全員がそうなんです。
SNSで「笑う時に拍手しちゃう人コミュ」とかがあって、そのオフ会なのかと思うくらい、一糸乱れぬ拍手っぷりです。
コントみたいでした。
そのことを、同席していた友人たちに教えたら、隣のグループが笑うたびに、こっちの席では笑いを堪えて皆がポーカーフェイスでピクピクするので、教えなきゃよかったです。
「お前がいらんこと言うから自分らの話題に全然集中できなくなったやんか」と、椎堂さん皆に怒られました。
だって言いたかったんだもん。

私は笑う時に拍手する癖も、隣の人を叩く癖もないんですが、叩く人はなぜ叩くんでしょうか。いつから、どういうキッカケで叩くんでしょうか。
知りたいです。
そういう癖のある人が7、8人同席する確率も知りたいです。

2012年9月7日金曜日

お姉ちゃんという存在

秋に出産なんで、臨月になったら美容院いかれへんわということで、髪を切ってもらってきました。
ちょっとばかし早産の兆候があるらしいので、万が一の時に美容院に迷惑かけられないし、早めにね。
親父ギャグを愛するムスメ様にも、「そうなったら美容師さんに、びょういんじゃなくて、びよういんで生まれちゃった、えへへっ、って言わなきゃいけなくなるね( ´ ▽ ` )!」と言われ、そんなん言うとる場合ちゃうやろって内心ヘナヘナってなりましたが、その通りです。実際そうなった時に、そのネタを平気で言えたら私も凄いと思うけど、みんなドン引きと思います。いろいろな点で。

第二子は妹のようです。
姉妹ということになります。

私自身は一人っ子なので、姉妹というのは良くわかんないのですが、私の幼馴染に妹のいる子がいて、子供の頃、公園とかに妹がどこまでもついてくるので、非常に疎ましがっていました。
時々、「ついて来んといて!!」と妹をドツいたりしていたもんで、何の罪もない妹に暴力を振るうとは、お姉ちゃんてなんて怖い生き物なんだと思ったものでした。そして一番不思議だったのは、その妹さんが、ドツかれても文句も言わず、泣きながらでもずっとお姉ちゃんについて行くのをやめないことでした。

その話を美容師さんにしたら、「私も妹なんですけど、小学生くらいまでは、お姉ちゃんについて歩いてましたね。そしてウザがられてました」と言うので、長年不思議だった、妹がなぜ姉について回るのかについて尋ねました。
そしたらね、美容師さんが言うには、「なんかしらんけど、お姉ちゃんと一緒にいたいんですよね」とのことで。
「お姉さんが好きなんですね」と何気に言うと、「いやいや、そうやないんです。ケンカばっかりしてたし、嫌いなんです。でも一緒にいたいんです。仲良くなったのは、大人になってからで、今は仲いいんですけどね」と、絶対誤解しないでみたいに訂正されました。

嫌いなん? お姉ちゃん?

またある時、けっこう昔の話になりますが、私がケンタッキーフライドチキンで鶏を食っておりますと、隣の席に気だるそうな高校生女子2人組がいて、いかにもダルいというふうに話しておりました。
「もーほんま妹ウザいわー」と一人が言います。それから十分十五分くらい、いかに自分の妹がウザいかという話が延々と続き、「うち、お兄ちゃんが欲しかったんやわ。それが無理なら弟でもええわ。とにかく妹はいらんわ。一番いらん。妹ウザいわー、消えてくれへんかな!」と女子高生はダルそうにポテトを食いながらボヤき、ずずーっと音を立ててオレンジジュースを飲み干し、ぽつりと言いました。
「でも自分以外が妹の悪口言うとムカつくし、許せへん。言わんといてほしい。お母さんとか。なんでやろ?」
聞いていた友達が、「好きなんちゃうん、妹が」と、さも当たり前のように答えましたが、女子高生は、「それはない。絶対ない」と即答していました。

どういうことなの?
姉妹ってなんなの?
お姉ちゃんはなんでケンタでそんな、ちょっといい話みたいなのを友達にするの?
友達もなんか思わせぶりな、ふふふ、という笑い方をしただけで、それ以上何も言わずにいてあげていましたが、良い友達だったのかもしれません。

兄弟関係というのは私にとっては永遠の神秘です。いつも興味深いです。
姉妹のオカンになれば、その謎めいた神秘のヴェールが一枚くらい剥がれるかもしれません。
ますます謎が深まるだけかもしれないけど。

2012年9月6日木曜日

赤いインク

アナログの雑記を書く時に使うペンに、神戸のpen and messageというお店のオリジナルインク「朱漆」を入れて使っている。暗い色調の赤いインクだ。

赤いインクというのは何となく、校正や添削に使うものという固定イメージが自分の中にあって、一般の筆記用にはどうだろうと、衝動買いしたものの、使いどころがなかった。

ところが夏の間、母が見ていたテレビを一緒に何気なく眺めると、稲川淳二さんが紹介されていた。怪談とかやる、あの人だ。有名な方なので説明はいらないと思うが、その稲川淳二さんの公演用の覚え書きなのか、何かは分からなかったが、A4サイズぐらいの白無地の紙に、赤いインクでびっしり整然と、活字のように整った独特の書体で筆記されたノートの映像が、ワンカットだけ映った。
いわゆる達筆というのとは違うかもしれないが、とても綺麗な字を書く人だと、びっくりした。手書きでああいう原稿が書ける人は非凡なように思う。

それにしても、どうして赤いペンで書いてあるんだろう?
やっぱ怪談の人だし?
何かちょっと血染めみたいな?
いわくは分かりませんが。

とにかく、それを見て、赤いインクでも別にフツーに書くのに使えばいいんだという納得感があって、いつまでも死蔵せずに使うことにした。書いてみると落ち着いた赤で、文字にインクの濃淡が割と顕著に出るのが、万年筆で書いたわという満足感のあるインクだと思う。

大勢に名を知られているような人物というのは、どこかしら非凡だったり突飛だったりするものなんだろうか。
以前、戦場カメラマンの渡辺陽一さんという人のノートをネットでたまたま見た時もそう思った。
あの、ゆっくり喋るおじさんだ。
そのノートには過去に職業上体験された出来事や、出会った人々のこと、写真、いろんな国の紙幣とか、ざっくりいえば「思い出」が記録されているらしいのだが、大事だからという理由で、レンガで装丁されている。
レンガでノートを装丁しようって思って、実際にやってる人がいるなんて。しかもそれを持ち歩いてたなんて。
世の中にはいろんな人がいる。

わけの分からない世の中だ。ノートぐらい好きにすりゃいいんだなと思う。
インクが赤だろうが黒だろうが些細なことだ。

関係ないのだが、うちの子供が毎朝見ている「シャキーン」というEテレの子供番組に、「ジャストタイム」というコーナーがあって、「16秒後にジャストタイムと叫べ!」とかいうミッションを与えられるのだが、それと同時に何とも言えず気の散る映像が流される。
夏場、その映像のひとつが、稲川淳二さんが怪談を語っている緊迫のシーンで、映像が気になって16秒数えるのが無理すぎた。しかも16秒の時点で映像がブツっとカットされて終わってしまうので、続きが気になってしょうがない。
Eテレの人はよくもあんな、もやっとするもんを作ってくれたな。


とりとめもないですが、無事に生きてるよってことで書きました。
妊娠性の貧血やら、だらだら残っているツワリやらで、しんどいんですが、新しく人間ひとり作ろうってなると、それはまあそれなりに、なかなか大変ですよね。
特に大変な瞬間は夜中で、寝相の悪いムスメと一緒に寝ていると、回転蹴りとか普通にあるわけですが、それと同時に胎動でも蹴られまくったりすると、内外からフルボッコされているという稀有な状態だなと、しみじみ眠れません。二人がかりで殴る蹴るの暴行です。それでも何ともなく生きてるんだから、人間てけっこう大雑把な作りなんですね。でなきゃ生きてられないか。
寝苦しい夜も、もうじき終わりが見えてくる季節かと思います。皆さんもお元気で。