2014年5月24日土曜日

美形萌えを再確認した件

リハビリのため、毎日ブログを書こうかなと思い、二日目で挫折するという、自分の凄さに、胸打たれました。毎日書きますって宣言してなくて良かったよね。期待して見てくれる人がいるとも思えないけど、万が一いたら、申し訳ないですもん。

さて、表題の件ですが。
本日、用事で高島屋京都店に行き、エルメスのショップで、スカーフのアレンジを紹介するイベントをやっていたので、拝見してきました。
アレンジ方法ももちろん興味深かったですが、それよりも、八頭身で美貌のモデルさんの麗しさに眼福。
自分の美形萌えを久々に確信したというかですね、ただ美形が出てくるだけの話なんて、つまんないとかいうのは、よく言われることですが、いやはや、ほんまもんの美貌というのは、理屈抜きにセンセーショナルで、美人はただそこにいて、静かに微笑んでいるだけで、ドラマティックなのです。
ただそれを、文章や物語で、どのように表現していくかが、簡単ではないのだということではないかと。

芸術って、古来から、美を探求するのが一大テーマであったろうと思います。
なんでそんなもんを必死で表現するのかというと、なんでだろう、って忘れがちでしたが、美しいものには感動があり、驚きがあり、忘れがたい余韻があるからなのでしょうね。

つまりは、書くに値するから書くわけだ。
そんな単純なことを、今日、改めて思い知りました。
生で見ないといけないね、美人。

創作意欲を与えてくれる美貌の人物を、「ミューズ」って言ったりしますが、そういう意味じゃ、私は今日、図らずもミューズに出会ったわけだ。
薬用石鹸なら毎日出会ってたんだけどな。ありがとうミューズ。

美しいものに感動することが、創作の第一歩だと思います。私の場合。
それが現実のものでも、自分の美しい空想でもいいんだけど。

あ。美しいといえば、余談ですが、今朝の夢にはリューズ様が出てきました。
変な夢でした。
私がしとしと雨の降る寒い荒野を、傘もなく、次女を抱いて、さまよっているのです。
せめて娘だけでも雨を避けるものがあればいいのにと思っていました。
それに、早くどこかに辿り着かないと、娘の充電池が切れてしまうと、焦っています。
なんでか、次女は充電式らしく、電池が底をつくと、初期化されてしまい、生まれてからこれまでの記憶がデリートされてしまう仕組みらしいのです。
困ったなあと思いつつ歩くうちに、私はタンジールの秘密の入り口に偶然辿り着きます。
そして、入り口の関所で、門番の役人みたいな人に、どうか充電させてくださいと頼むんですが、「なんか怪しい奴だ、どうやってここに来た」などと尋問されるんです。
そうこうしてるうちに、次女の電池はどんどん減るし、頼むから責任者出てこい! と願うと、場面があっという間に、タンジール王宮の玉座の間になり、ダルそうなリューズ様に謁見しているではないですか。
その時、私は、ふと、「リューズ様って、綺麗なジャバ・ザ・ハットだよね?」と思います。スター・ウォーズに出て来る、でかい芋虫みたいな悪漢で、ギャングの親分みたいなキャラクターです。
あー、そのへんがリューズのキャラクター的なルーツかもしれんなあと思いつつ、私はリューズ様に「お優しい閣下、どうか哀れなわたくしの娘に充電ポートをお与えください」と頼み、「しかたない。好きにするがいい」とか言って許してもらうんですが。
そこらへんで、リアルのほうの次女が夜泣きして、目が覚めました。

リューズ様は、美形でした。
でもやっぱ妖怪の類で、美しいですが、怖い顔をしています。
地下に住んでるし、蟻とか蜂とか蜘蛛とかいう、昆虫の仲間というか、蛇というか、なんかそういうものだと思います。
そういうものを、描きたいんだと思います。
なんでかは自分でも分かんないけど、綺麗なジャバ・ザ・ハットが、私の空想の中で、美しかったので、ただそれを書きたいっていうだけでしょう。

そんなしょうもない理由で書いていいのかって思うけど、別に構わんのだろうなあ。
だって、美しいは正義だもんね。

問題はそれに、物語的な必然性や、面白さを加味することです。
ただ美形がいるだけじゃ、お話にはならんのですもんね。


なんだろうこの独り言。
しょうもなくて意味不明ですが、なるべく毎日なにかを書こうと思います。
よかったら読みに来てください。
コメントもいただけるなら歓迎です。
最後まで読んでくださって、どうもありがとう。
読む甲斐のあるものを書けるところまで、這い戻りたいと思います。
しばらくは、這い這いする椎堂かおるをご覧ください。

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